クールな次期社長の溺愛は、新妻限定です
 お互いに息切れしていて、相手が口を開こうとする気配を感じ、私は素早く声をあげて遮った。

「戻って」

 口を()いて出たのは、自分でも驚くほど冷めた声だった。ここでようやく私は彼の方を向く。けれどすぐにうつむき気味になって顔は見ないようにした。

「戻ってよ。今日は私よりも彼女を優先したんでしょ? だったらこんな中途半端なことしないでよ!」

 感情的に叫んで余計に胸が苦しくなる。一刻も早くこの場から去りたかった。一方で亮が珍しく動揺しているのが伝わってくる。

「今日は本当に悪かった。でも、これは」

「今晩、亮のマンションに行くから。そこで話をしよう。だから今は戻って」

 今話す気はないと拒絶の意思を込めて極力冷静に返す。亮の顔は見られないままだった。

 それを悟ったのか、彼女を待たせているからか亮は「後で必ず連絡するから」とだけ言い残し私の腕を離す。

 亮がスーツを着ている姿は何度か目にしたことがある。でも彼女の隣にいた彼の纏う雰囲気が、表情が、いつもとまったく別人で戸惑いしかない。

 知らない。こんな亮、知らない。……私は今まで彼のなにを見てきたの?

『どれほどの仲かと思いましが、たいしたことないんですね』

 遠慮なく掴まれた腕の痛みと感触がしばらく消えず、私は家へまっすぐに戻った。
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