ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
イザヤは三味線に飛びつこうとする鳥の伊邪耶を捉えて、自分の肩に誘いながら答えてくれた。


「いや。教わってはないな。見よう見まねだ。簡単だから、弾き方はすぐ覚えたが。唄は言葉が難しくて、大変だったぞ。……そうか……そなたの国の言葉なのか……。ならば、もっとしつこく頼んで、教えを請えばよかったな。」



過去形なことに引っかかりを覚えた。


「……もう、いらっしゃらないの?……元の世界に帰られた?」


おそるおそる尋ねると、イザヤは少し顔を曇らせた。


「いや。死んだ。本人は肺の病だと言っていたらしいが、こちらの医師は血の病と言っていたそうだ。指先の小さな傷の出血が止まらず、なかなか治らなくて、……次第に腕が腐ってしまったらしい。」

「こわっ!て、それ、破傷風とか、壊疽(えそ)とかじゃない?ばい菌が入っちゃったんやわ。」

「ああ。それで腕を切断したら、出血が止まらず死んだそうだ。……焼いても、止まらなかったので、やはり血の病だったのだろうと聞いた。」


ゾッとした。

でも、ちょっとわかった。

イザヤが私の出血を気にしている理由。


……確かに……鼻血も何度も出たし……気にならないわけがないよね。





「……どんな人?女性よね?……綺麗な人だった?」


そう尋ねると、イザヤは曖昧にうなずいた。


「たぶん。昔は綺麗だったんだろう。私が知っているのは、腰の曲がった意地悪なばあさんだったがな。……娼館で娼婦たちの世話を焼いていた。私が音楽が好きだと知り、幾度か弾いてくれたのだが、教えてはくれなかった。」


なるほど。

いわゆる「()()ばばあ」ってやつかしら。


「じゃあ、この三味線も、そのかたのものだったのね。」

そう言いながら……三味線に触れようとして……やめた。


イザヤがとても大事そうにしていたのは、三味線がとてもナイーヴな楽器だからだということを思い出した。



「……楽器は、みんな、温度や湿度の変化に敏感で弱いものだが……こいつは簡単に破れる。……どうかな。もうよいかな。……どれ……。」

イザヤはそう言いながら、三味線をそっと手に取った。



「いざや。おいで。」

邪魔しちゃいけないと、私は鳥の伊邪耶の前に指をさしだした。


伊邪耶は、まずくちばしを突き出して、がぶりと噛みついてから、渋々私の指に移った。


< 174 / 279 >

この作品をシェア

pagetop