ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
唯一、平定していない北の最果ての国。

人口も少ないのに……インペラータは全てを支配下におさめたいのねえ。



「内緒ですよ。」

ティガはそう言って、自分の唇に人差し指を宛がった。


……綺麗だなあ……と、ちょっと見とれたけれど、慌てて視線をそらした。



***


朝食の後、私は日課となっている剣の稽古をしてから、ティガに借りている書物を読んだ。


この館に代々伝わる古い書物は、おおかた読んでしまった。

おかげさまで、オーゼラの歴史や政治、文学には精通したけれど……悲しいかな、国が亡くなってしまい、何の役にも立たなくなってしまった。


今は、ティガの書物から、カピトーリの、そして新しく建国されたインペラータのことを学んでいる。


……残念ながら、オーゼラとは比較にならない豊かな文化と、工業的発展を遂げていることは間違いないようだ。

政治はわりと流動的で、その時の王次第で、独裁だったり合議制だったり、ほとんど民主制の時代もあったみたい。

ひとつの国なんだけど、王権は家督想像ではなく、易姓革命に近いかもしれない。



現在の王……つまり、シーシアのお母さんの弟は、内政よりも外征に重きを置いた結果、国は大きくなったけれど、臣下を抑えきれてないらしい。

覇王としては優秀でも、権謀術数うずまく宮廷政治はお嫌いなので、周辺国すべてを平らげたら玉座をご子息に譲るつもりでいるようだ。

しかしご子息は、……ティガ曰わく、人柄の良いだけの凡庸な人物らしい。


そこで後継ぎの補佐役として期待されているのが、ティガというわけだ。

ドラコに軍を、ティガに政治を任せれば、インペラータは安泰だろうなあ……確かに。


……あーあ。

ため息が出るわ。


ティガは、私に何を期待しているのだろう。


どう考えても、私の浅い知識が役立つとは思えないんだけど。




分厚い書物をぱたりと閉じて、窓の外を見た。

満開のヴィシュナの花のピンクの向こうに青い湖がキラキラと輝いていた。


ん?

馬……?


蹄音が近づいてきた。


早馬だ。

何か、あったのかしら?


馬から下りた伝令の兵士が、慣れた様子で館に入ってきた。

これまでに何度も訪れているらしく、私も見覚えがあるような気がした。



彼は長居することもなく、すぐにまた立ち去った。
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