ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
「ね!ここの湖底から管をひいて、船でも何でもいいから温泉を引き込めば、めちや絶景な露天風呂になるで!観光客バンバン来るで!」

けっこう本気で私はそう言っていた。

が、イザヤには「観光客」の概念がなかったのかもしれない。

「馬鹿なことを。だいたい、湖底までどれだけの深さがあると思ってるんだ。そなた、途方もないことを言うなぁ。」

「どれだけ深いかわからんけど、少なくとも湖面がぬるいってことは、ある程度の泉量だろうと思うけど。硫黄の温泉、死んだおばあちゃんが大好きだったの。気持ちいいよ?」

そう言って、私は湖の中をのぞき込む。


潜ってみようかな。

水泳は苦手ではないけど得意でもない。

危ないかな。



「よせ。そなた、飛び込む気か?やめておけ。おい。馬鹿。やめろ!」


湖水に顔がつくギリギリのところで、私は強い力で引き上げられた。

反動で、イザヤの胸に飛び込む。


「うわっ!」

イザヤが声をあげて、ひっくり返った。


必然的に私もイザヤの腕に抱かれたまま、船底に倒れ込んだ。




ピチュピチュバタバタと鳥の伊邪耶が騒ぐ。



「大丈夫だ。いざや。まいらは無事だ。」

ほーっと長いため息をついて、イザヤがそう言った。




……別に飛び込むつもりはなく……単に湖の中を覗きたかっただけなんだけど……


ドキドキする。

私の鼓動だけじゃない。


イザヤの鼓動が耳にダイレクトに響いてくる。



 
「まいら。怖かったのか?」

イザヤの声が、優しい。


何となく……悪態をつけない雰囲気に私は飲まれた。

「……ありがとう。」

助けてもらう必要なかったんだけどなあと心のどこかで思いつつも、私はそう言っていた。


「なんだ。そなた、素直だと普通にかわいいな。」 

イザヤはそう言って、ぽんぽんと私の頭を軽く叩くように撫でた。


……お父さんがよくやってくれる愛情表現と同じだ。

また、泣きたくなってきた。



「まいら?どうした?」

イザヤが首を伸ばして、私を見る。

「目が赤い。……そうか。そんなに、怖かったか。」


勝手にそう納得して、イザヤは私をふんわりと抱きしめてくれた。



その優しさは、反則だわ。

ずるい。

イザヤ、ずるい。


単純な私は、急にそんな風に優しくされると……それだけで……



「マイラ。カワイイ。カワイイ。」

伊邪耶がそう鳴くと、イザヤはくっと笑った。
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