ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
「ああ。かわいいな。……まいら。このまま、私の館にいるといい。」


イザヤの言葉が何を意味するのか、私にはよくわからなかった。

ただ、思った以上に居心地のいいこの腕と胸を手放したくないと思った。


「……うん。」


反抗心も、反骨精神も、意地っ張りも、どこかへ行ってしまった。

ただ、私は楽なほうへ身を(おもね)た。


イザヤという庇護者を過信して……。


***


「温泉のことは後日にして、オースタ島に行くぞ。」

しばらくして、イザヤはそう言って、私を片手に抱いたまま起き上がった。



「あ。うん。」


オールを取ろうとすると、イザヤの手がすっと伸びてきた。


「よい。私が漕ぐ。」

そう言ってイザヤは私がさっきまで座っていた場所に腰をおろした。


イザヤがボートを漕ぐ姿は、思った以上にかっこよかった。


お父さんも素敵だけど……中年の日本人と、金髪碧眼の青年の差はいかんともしがたい。

ごめん、お父さん。


多少の罪悪感を消化できないまま、私はイザヤに見とれた。


グイッと力を入れる度に存在感を誇示する腕の筋肉も、キラキラ輝く湖面を映していつもより深く見える青い瞳も、私の視線と心を捉えて放さなかった。

 
オースタ島が近づいてくると、ひらり、ひらりと白いモノが舞い降りてきた。

「雪?」

……のはずないか。

そんなに寒くないし。


驚いて空を見上げた。


「花……桜の花びら?」

湖に浮かぶ白いモノを手に取ろうと、船縁から片手を下ろす。


「まいら。またか。危ない。落ちるぞ。」

イザヤはそう言って、目の前にひらりと舞う花びらをてのひらで受けた。


「これか?ヴィシュナの花だ。」

 
う゛ぃ……しゅな?

桜に見える。


「私の世界では桜……のような気がする……え!?」


気がつくと、鳥の伊邪耶がボートの底に張り付いた桜っぽいヴィシュナの花びらを食べていた。  


……やっぱり桜じゃない?

あの時、海津大崎の桜も食べてたもん。



「一昨日はまだ綺麗に咲いていたが、今日はもうほとんど残ってないかもしれないな。ヴィシュナはあっという間に花の時期が終わってしまう。間に合うといいのだが。」


イザヤはそう言って、再びボートを漕ぎだした。


オールが波をかき分けると、小さな白い水しぶきが上がる。

ヴィシュナの花びらか、水が煌めいているのか判別がつかないぐらい、まぶしい。

照り返しで日焼けしそう。


「帽子か日傘を持ってくればよかった……。いざや、おいで。」

そうつぶやいて、伊邪耶に手を伸ばした。

***

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