ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
弾き終えてから、イザヤを見上げると変な顔してた。

「……久しぶりで、間違えたのか?」

イザヤにしては気を使ったような言い回しだな、と苦笑した。


「ううん。これはよく弾いてたから。」

「では、調律がまだ狂ってるのか。」

「やー、たぶん合ってる。何となく、不協和音なのよね。うん。すごくよくわかるよ。でも、こういう曲なの。」


あー、やっぱりウケがよくないな。

お父さんもあまり好きじゃなさそうだった。

たぶんモーツァルトの底抜けに明るい曲とかを弾いてあげられたらよかったんだけど、悲しいかな、私は黄色いバイエルで終わった未熟者。


私は、まともな曲を弾くのは諦めた。


「じゃあ、趣味の曲、弾きまーす!」


そう宣言して弾き始めたのは、ミュージシャンの弾き語りの曲。

叔母の親友の旦那様がたまにコンサートで弾く曲だ。

本当なら歌もつけるべきなんだけど、私の腕では弾くだけで精一杯。


前のめりで必死で弾いたので、ラストの1音に指を置いた後、どっと脱力した。


……つ、疲れた。


ぐったりしてると、イザヤが鷹揚に手を打った。

拍手のつもりらしい。



「美しい曲だな。……が、伴奏か?メロディーは?」


バレてる。


「うん。これ、弾き語りの曲なの。でも、私、歌いながら弾けない。」

「では、歌だけ歌ってみよ。」


嫌だ。

無理だ。

私はぶるぶると首を横に振った。



イザヤは、妥協してくれなかった。

「そなた、楽譜は書けるか。」


……そりゃ、ピアノ習ってたから、読めるし、書くこともできるよ……絶対音感はないけど。


「私の世界と同じものなら。」

渋々そう言うと、イザヤはふふんと笑った。

「同じだ。この楽器は、まいらと同じ世界から来た者が作ったものだからな。……ちょっと待ってろ。いざや。落ちるなよ。」


イザヤは肩の伊邪耶が滑り落ちないように手を添えて踵を返すと、扉付の本棚から楽譜を取り出した。


「これなら、そう難しくあるまい。」

そう言ってイザヤが出してくれたのは、テレマン。


恐る恐る受け取って楽譜を見る。


……うん。


丁寧な手描きの楽譜だ。

一見簡単そうに見える。

でも、バロックって、楽譜にない装飾音をすさまじく入れるのよね……。

私にはそんなアレンジ力もセンスもない。


「このまま弾くなら、練習すれば弾けると思う。でも、このままじゃ面白くないかも。」
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