ここはディストピア あなたは亡国の騎士 わたしは愛玩物
ドキッ!

私にも弾けってか?

すごく嫌。

そんな、他人様にお聞かせするようなレベルじゃないのに。


「もっとお稽古してから披露したい。」

泣きそうな顔でそう言ったけど、ティガが祈りをやめて、笑顔で顔を上げた。

「聞かせてください。まいら。それでも毎日練習してたじゃないですか。」


イケズだ。

笑顔だけど、今のは、絶対イケズだ。


私は渋々立ち上がった。




「披露するなら、楽器より剣術のほうが上達してるのに。」

長い廊下をイザヤと歩きながらそう愚痴をこぼした。


「やめとけ。剣術はなるべく隠しておいたほうがいい。切り札になるだろう?」

イザヤはそう言ってから、ハッとしたらしい。

「まさか、外で剣術の稽古をしてないだろうな?」


「え!してないしてない。……しようとしたら、ティガに止められたから、自分の部屋でしかしてないよ。」


慌ててそう言うと、イザヤはうなずいた。


「それでいい。こんな時代だ。身を守る術があだになることもある。気をつけたほうがいい。」



……イザヤの言葉の意味は、正直、よくわからなかった。

でも、剣術のお稽古をずっと外でしなかったのは、そういう意味らしい。


私と2人だけの時のイザヤは、本当に私を心配して、私のためになることを言ってくれる。


「わかった。気をつける。」

そう言ったら、イザヤは目を細めて、私の頭を撫でた。


……うれしいけど、ちょっと悲しい。

子供扱いされてるみたい。

***


その夜は不思議な夜だった。

夜が更けてから、また小さな太陽が登ったらしい。

まるで白夜のように明るい夜。

白夜と言えば……うーん……

そういえば、チャイコフスキーの「四季」の5月は「白夜」だったっけ。

あまり覚えてないけれど、私は最初の主旋律だけを鍵盤でなぞってみた。


「……それは?」

リードを水につけては、ぷーぷー吹いていたイザヤが耳ざとく聞きつけた。


「うん。『白夜』。ここしか弾けないから、これ以上は無理。」

もっと弾けとか、楽譜を起こせと言われないように、私は先にそう牽制した。


イザヤは首を傾げてから、楽譜棚を探し始めた。


……まさか、ある?

でも、チャイコだし、ピアノだし……


イザヤはしばらく棚を見て、諦めたようだ。

「ここじゃない。でも確か聞き覚えがある。後で探すとしよう。」


そう言って、イザヤはリードをまた水に戻した。
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