きつねさんといっしょ!
 私がビクビクしていると、不意に玄関ドアを叩く音が止んだ。
「す、すみません!」
 若そうな男の声。誰かに謝っている。
「あたし悪くないもん! 悪いのはドロボウ猫のほうだもん!」
 どうやら宅配業者の男と女の子は別人らしい。
 ピンポーン。
 呼び鈴が鳴る。
 でも、今までとは違って優しい響きに聞こえるのはなぜだろう?
「飯塚さん、僕です」
 呼びかけてきたのはここの大家。
 京極夏彦(きょうごくなつひこ)さん。
「ちょっと開けてもらえるかな?」
 私は急いで玄関に向かった。
 かかっていたドアチェーンとロックを外しノブを回す。
 ドアの反対側には大家さんと宅配業者の格好をした男と見知らぬ女の子がいた。
 緑地に黒と赤の縞模様の着物姿の大家さんは柔和な表情ではあるものの目が笑っていない。
 いつもならモデルも出来そうなハンサムな顔。黒髪は短く、眉は薄い。細い目ときれいなラインの鼻、薄口ビルが色っぽい。宅配業者の姿をした男よりわずかに背が高い。
 一方、宅配業者の姿の男を従えるように立つ女の子はかなり可愛い。
 亜麻色の髪は長く腰のあたりまである。地面に対して垂直にカールしたその髪型を目にしたのは大学卒業以来久しぶりだ。色白の肌。切れ長の目。濃い目の眉。品の良さを感じる鼻と口。耳は縦ロールの髪で隠れていた。
 背は大家さんのお腹のあたりくらい。細い四肢が華奢なイメージを想起させる。
 身につけているのはフリフリのたくさんついた青いロリータ服。子供が着ているのだからこの形容でいいのだろうけど妙な気分になってしまうのはどうしてだろう。
「やっとお出まし? いいご身分ね」
 女の子が私をにらみつける。
「誰もいないうちに話をつけたかったんだけど仕方ないわね」
「あ、えーと」
 彼女の正体が不明すぎて、私は助けを求めて大家さんに目を向けた。
「この人、きーさんの……」
 視線に気付いた大家さんが説明しようとしたとき、女の子が言った。
「きーさんの妻よ」
「はい?」
「聞こえなかったの? それともその首の上にあるのはお飾りかしら?」
「……」
 どうしよう。
 この子、ひっぱたきたい。
 女の子がフフンと鼻をならす。
「どうやら図星のようね。ま、所詮人間ふぜいにあたしたちの高等な言語がわかるはずないものね」
「……」
 あのー。
 すっごいよくわかるんですけど。
「飯塚さん、気にしないで。この人、少しおかしいだけだから」
「ひどっ!」
 女の子が抗議の声を上げる。
 彼女は宅配業者の姿をした男に同意を求めた。
「アリマサもそう思うわよね?」
「はい。美幸(みゆき)様」
 アリマサさんと美幸ちゃんか。
「アリマサくんも大変だね。こんなわがまま姫のお守りをしないといけないんだから」
「いえ、仕事ですから」
「ひどっ。アリマサもひどっ!」
「……」
 あぁ、このまま放っておいていいかな?
 とか思っていたら、美幸ちゃんが私にびしっと指を突きつけた。
「あなた、今すぐきーさんの部屋から出て行って!」
「はぁ?」
「今日であたしときーさんの結婚生活は三周年。お邪魔虫はとっとと消えなさい!」
 ……えーと。
 もはやどこをつっこんだらいいのやら。
 私が返答に困っていると、また彼女はフフンと鼻を鳴らした。
 薄っぺらな胸を張る。
「どうやらグゥの音も出ないようね」
「いや、そうじゃないと思うけど」
「美幸様、呆れて物が言えないだけです」
「ひどっ!」
 二人の言葉に美幸ちゃんが半泣きになる。
「ひどっ! 二人ともひどっ!」
「……」
 私はそっと中に戻り、玄関ドアを閉めて鍵をかけた。
 再びドンッ! とドアを叩かれる。
「コラーッ! ドロボウ猫、逃げるなんて卑怯よ!」
「いや、だから……」
「夏彦、それ以上言われたらあたし本気で泣くからね」
「あ、それはやめて」
「美幸様、他所様のお宅を破壊するのは……」
 ピンポーン。
 呼び鈴が鳴る。
「飯塚さんごめん。アパートのためにも出てきてくれないかな」
 やむなく私は外に出た。
 美幸ちゃんが両手を腰にやり、勝ち誇ったふうに笑んでいた。
「夏彦も屈したわ。あなたも観念しなさい」
「美幸様、まるで悪役です」
 アリマサさんの指摘に眉をぴくりとさせるも、彼女は続ける。
「荷物なら後で送ってあげる。さぁ、さっさと消えなさい!」
「待て待て待て待て!」
 突然、一匹のきつねが階段を駆け上がって割りこんできた。
 赤茶色の毛並みのそれは体長六十センチほどの大きさ。
 顔の中央とお腹、もふもふの尻尾の先から三分の一くらいの部分、それに耳の内側が白い。四肢の先端は黒。
きーさんだ。
「美幸、いきなり来るってどういうつもりだ!」
「きーさん!」
 嬉々として抱きつこうとした美幸ちゃんをひょいときーさんがかわす。そのまま前のめりに転びそうになった彼女をアリマサさんがすんでのところで腕を引っぱって難を逃れた。
 少し遅れてミトさんが階段から姿を現す。
 背は私より少し高い。
 やや丸みのある顔の輪郭。バランス良く配置された目と鼻と口。
 長い栗色の髪をツインテールにしている。
 前髪のちょっと上には白い髪飾り。
 私より大きいけれど小柄な体躯に黒いメイド服。
 両手に溢れんばかりの食料の入ったスーパーのレジ袋を持っていた。
 ていうか、よく見ると片手に二袋ずつ、合計四袋ある。
 ……きーさん、荷物運びも放棄して来てくれたんだ。
 ……などとは思わない。
 大方、これに乗じてミトさんにレジ袋を押しつけたのだろう。
 相変わらずひどいきつねだ。
「きーさん、この女を追い出して!」
「悪いな、その頼みは聞けねぇ」
 ゆっくりと首を振るきーさんに美幸ちゃんが触れようとした。
 きーさんがまた拒否する。身体を軽やかに翻して美幸ちゃんの手をかわすと大家さんの後ろに隠れた。
「どうして逃げるの?」
「わかってて言ってるだろ」
 私が頭に疑問符をつけていると、大家さんが説明した。
「彼女は触れたものに電撃を放てるんだよ。たまに無意識に放電するから、飯塚さんも気をつけてね」
「たまにだと?」
 と、きーさん。
「俺には毎回ビリッとくるぞ」
「ビリッとじゃないもん、ビビッとだもん!」
 美幸ちゃんが頬をふくらませる。
 ああ、それで……。
 私は何となく美幸ちゃんの気持ちが理解できた。
 ビビッとさせられているのはきーさんだけど、美幸ちゃんには「ビビッときた相手」なのだ。
 だから嫁入り……。
 あれ?
 きーさんの意思は?
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