若奥さまと、秘密のダーリン +ep2(7/26)
ふと、脳裏に浮かんだのは羽原弁護士の言葉だった。

『気が重くなった時は、シンデレラのアルバイトだと思って、気軽にパリ旅行を楽しんで来てくださいね』

成田空港で見送ってくれた彼女はそう言って、満面に笑みを浮かべて手を振った。

シンデレラのアルバイト。
実際自分でもそう思っていたけれど、そう上手くいくのだろうか?

想像と現実とは随分違うのではだろうか。具体的になるにつれ、不安ばかりが襲ってくる。

演劇部だったわけでもないし、お遊戯会では町の娘Aとかそういう役しかやったことがない。とても気楽ではいられないし、楽しめる余裕などありそうもない。

――はぁ。まいったなぁ。

向葵はマリーに気づかれないように、そっとため息をついた。

流れる車窓を指差して、あそこに見えるのは、向こうに見えるのが、と、名所を丁寧にマリーが説明してくれる。

本来ならその一つひとつに胸をときめかせ、もっと感動したはずの歴史的建造物が、視線の上をスルスルと通り過ぎてゆく。

なにひとつとして、ちっとも頭に入ってこなかった。
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