若奥さまと、秘密のダーリン +ep2(7/26)
月井夕翔が現れたのは、向葵のお腹も満足し、ちょうど一息ついたころだった。

コンコンと扉がノックされて、店のスタッフがフランス語でなにごとか告げる。

「お着きになられたようです。下に行きましょう」

ついにその時が来た。
立ち上がりながら背中が緊張し、トクトクと心臓か暴れはじめる。「はい」と答える声が裏返らなかったのも不思議なくらいだ。

マリーは知らないだろうが、何しろ初顔合わせなのである。

そっと胸に手をあてて、落ち着いてと自分に言い聞かせなから深く息を吐く。

下に行くにはエレベーターではなく階段だった。

慣れないヒールに注意を払い、転ばないように手すりに手をかけてゆっくりと降りていく。
途中で折れ曲がり片方の壁が消えると、壁の代わりに細工が施された黒い手すりが現れて一階のフロアが見えてきた。

残すところあと五段ほどになった時、そこに立っている男性の足元が見えた。

こげ茶の革靴――濃紺のスーツ。

その長い足が動いた。
向きを変えて、一歩ずつ階段のほうに近づいてくる。

最後の一歩を降りるとき、ゆっくりと手が伸びてきた。

「綺麗だよ」

そう言って微笑む彼の長い指先に、そっと手をそえた。

――はじめまして旦那さま。私が妻の向葵です。
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