バッドジンクス×シュガーラバー
もしも本当に、あの言葉通りだとすれば……私は久浦部長の前でなら何の引け目を感じることもなく、ありのままの自分で振る舞っても許されるのだろうか。



『なら、また証明してみせるか? そうだな、今度は──あんな子どもじみたキスじゃなく、もっとすごいやつを試してもいいが』



そこで不意に久浦部長のとんでもないセリフを思い出し、またかあっと頬に熱が集まった。

脳内で再生される不敵な笑みを追い出すように、きつく目を閉じて勢いよくかぶりを振る。

結局あのキスは、久浦部長にとってはただの実験のようなものだったのだろう。

さすがにこれ以上は、興味本位でちょっかいをかけられるわけにいかない。いくらあの人がとてつもない強運の持ち主で、本人も平気だと言っていたって……今後もずっと無事でいられる保証は、どこにもないのだ。

男の人とありのままに、普通にかかわるなんて、とんでもない。誰かを傷つける可能性は、少しでも低くしなきゃ。
それが私にできる、唯一のこと。

……私にとっては初めてだった、あのキスも──久浦部長からすれば、きっと数ある経験の中のちっぽけな1回で。

ううんそれどころか、あんなのはキスのうちにも入らないのかも。ちょっとした味見とか、むしろ毒味とか、その程度。

だから……私もあのキスのことは、すっぱり忘れてなかったことにするのがいい。

その方が、自分のためにもなる。

今考えるべきは、さっきついでのように聞かされたメニュー会議に向けた新商品の考案だ。……の前に、ラボに忘れた私物を引き取りに行くのが先だけど。

なぜか胸の奥にくすぶるモヤモヤした感情は、ただの気のせいということにする。

最後にもう一度ため息を吐いてメガネの位置を調整し、ようやく私もドアに向かって足を踏み出した。
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