バッドジンクス×シュガーラバー
……あんなカオも、できるのにな。

また浅村が、おもしろおかしく何かを言ったらしい。口もとに片手をあてくすくすと笑っている小糸を遠巻きに眺めながら、俺は勝手なことを思う。

俺を含め、男に対しては一切気を緩めることのない小糸は、女性相手ならああして簡単に素の表情を見せる。

普段はうつむきがちで鬱々としたオーラをまとっているくせに、笑うととたんにあどけない雰囲気になる彼女。

あのカオを、俺の前でも見せてくれればいいのにと──どうしようもないことを考えながら、人知れず嘆息する。

そして自然と思い出したのは、先週の火曜日にあった出来事についてだ。

その日とは、例の不意打ちで彼女の唇を奪った翌日で。俺は朝からどうにもツイていなかった。

いつも使っている路線が人身事故の影響で運休になり、朝イチの約束があった取引先へ急遽タクシーで向かうことになったうえ、そのタクシーも事故りかけたり。

無事に商談を終えて取引先を出た直後、隣の古いビルから看板が落ちてきて危うく下敷きになりかけたり。

他にも細々と物騒な目に遭ったものの、俺自身はなんとか無傷で会社へとたどり着くことができた。

それらの出来事が本当に小糸の“ジンクス”のせいだったのか、実際のところは知りようもないが──とにかくその1日は、偶然にしてはできすぎなくらい不運が重なる日だったことはたしかである。
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