リリカルな恋人たち
「俺、あのときが初めてだったから、」
「、へ」


大真面目な相手を前に、大層間の抜けた声が出た。

な、なにそれ……。
マジで言ってんの?


「全然、そんな気しなかったけど」


むしろセクシー男優憑依したみたいになってたけど。


「……あ、なるほど。ペイチャンネル見て勉強し」
「わーわーわーわー!」


わたしの手をぞんざいに離し、両手を顔の脇で振るという、あからさまに焦る動きを見せた相手は姿勢を正して座り直した。

こほん、と仰々しく咳払いをする。


「とにかく、僕童貞卒業しました」


そんな冷やし中華始めましたみたいに宣言されても……。

どうしろと。


「だからなんか、加減とかわかんないんで。一度きりとか土台無理です。もっと盛りたいんで」
「や、やばいよそれ。サルですよ」
「言わせてもらえばそっちだってけっこうヤバイよ? こないだみたいに変な男からのカップラーメンの誘いに乗ってホイホイついてかないかって、僕ヤバイくらい気が気じゃない」
「は? あなたに心配される筋合いないし、あなた以上に変な男はいないと思いますけど」


早口で言いながら、ものすごいスピードで雑誌を バッグのなかに仕舞う。


「あと、あんまギラギラしてたら職質されますよ」


という、二度と使うシチュエーションはないであろう個性的な捨て台詞を残し、わたしは席を立った。

カフェを出て急ぎ足で職場に戻る途中、会計するのを忘れたことを思い出して激しく後悔した。
でも、戻るのは……勘弁。

午後は店長のお気に入りの小説の話を聞いたり、バイトさんが来て一緒にポップを書いたりしたけれど、悪夢にうなされるような気分が継続していた。

ほんと災難だった。
なんか変な一日だった、と溜め息をつき、一日の勤務を終えて従業員専用の出入り口から外に出ると。
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