異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
「あらぁ、これって栗かしら」

若い女性の声がする。

柱の陰からそっと見れば、ローズベルが羊羹をひと切れフォークに刺して皿に取るところだった。

隙のない完璧さで朱色のドレスを纏うローズベルは、若く美しく、ブロンドの巻き毛が輝かしく背中に舞う。女神と見紛うほどだ。メグミの大福やみたらしをおいしいと言ってくれたジリンの娘は、栗羊羹をパクリと食べた。

「やっぱり栗だわ。ほっくりする歯ごたえがとても上品ね」

それを合図に、次々と手が伸ばされてゆく。

「本当に栗ですわ。この周りを包むものは何ですの。もっちりとして甘いわね」

「カードが置いてありますね。栗羊羹ですって。あんこというものが使ってあるそうですよ。この黒っぽいのがあんこでしょうか?」

ローズベルがまた羊羹に手を伸ばす。

「なんだかほっとするわね。栗もいいけど、あんこおいしい」

「ローズベル様はあまり甘いものは食されませんでしたのに」

「あらぁ、そうだったかしら」

女性たちの華やいだ会話は、漣のようにして伝播してゆく。お菓子を間に入れるとさらに弾んだ会話が広がった。一度でも戸口が開かれれば、珍しいものに引き寄せられてくる者もいて、たくさんの手が栗羊羹に伸ばされてゆく。

――ローズベル様。ありがとうございます。
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