異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
メグミがジリン公爵の居室へ行くと、風呂へ入るよう言われる。

「あの」

「私の言う通りにしなさい。私は公爵様だぞ」

「はぁ」

ジリン公爵には、母親を預かってもらった恩がある。しかも、彼女がいまこうして王城で働けるのも、ジリンが推挙してくれたからだ。

公爵の望みはできる限り叶えたいので言われた通りにする。

風呂から出れば、幾人かの侍女たちによってドレスを着付けられた。薄紅色のドレスは、透き通るようなはかない感じだ。髪はそのままストレートに流されたので、ドレスとの対比で黒が引き立つ。

首回りは開いていたが、そこに高価そうなネックレスが装着された。指輪にイヤリングも付けられ、顔には薄く化粧をされる。化粧など、とてつもなく久しぶりではないだろうか。料理人と同じで、菓子職人も、匂いのあるものや粉が落ちるようなものは厳禁だからだ。

動いてみなさいと言われて、裾を持ってどうにか数歩歩いた。ジリンの屋敷で晩餐に出たときと同じで、動くだけとはいえ茶道の経験が役に立つ。

「ふむ。これなら――」

ドレス姿のメグミをまじまじと眺めて、ジリンは満足げに頷いた。

「どういうことでしょうか」

「行ってきなさい。今夜は月が綺麗だ。おぉそうだ。外は寒いからマントを着てゆかねばな」

薄茶色の極上マントを肩から掛けられた。ドレスの裾まであるのでかなり長い。

「どこへ行くのですか?」

「ついてゆけばいい」
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