異世界にトリップしたら、黒獣王の専属菓子職人になりました
「動くな。落としてしまうぞ」

すると、メグミはぼんやりとした様子でも、少し顔を上げて、たどたどしい口調で言う。寝言なのかもしれない。

「わかりました。こらん、さま」

幼いような声が彼を微笑ませた。眠りの淵を行ったり来たりしているようだ。

温室の外へ出ると寒さが迫ってきた。しかし両腕で湯たんぽを抱えているかのように温かい。マントで包んでいるから、城内へ入るまでの少しの時間ならメグミも大丈夫だろう。

ゆっくり歩く。すると腕の中の彼女が呟いた。

「あのね、こらんさま。……わたし、イセカイから来たんですよ……」

ほろっと口から出たという感じだ。無意識だろう。コンラートは一瞬黙った。

――イセカイ。どこにある国の名前だろうか。地方名か?

彼の中には、異世界という言葉もなければ、概念もない。

「どこから来ようと、メグはいまここにいる。どこへ行こうと、お前は和菓子を作るんだろう?」

「……うん」

幼い声で幼い返事が返ってきた。

あとはもう、メグミは彼の胸にすっかり身を預けて熟睡したようだ。

「メグ。月が笑っているぞ」

夜空には月、両腕で愛する人を抱き上げて、一歩ずつでも前へ進む。

コンラートは、己の心が満たされるのを感じながら歩き続けた。
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