お前は、俺のもの。

市村係長は両手で頭を抱えて、苦しそうに呟いた。
「小堺さんたちは穂香を一ノ瀬課長や満島さんへの不満を聞いてくれる、頼れるお姉さん的な感覚だったと思うけど、穂香は彼女たちを情報源の一つとしてしか見てなかった」
そう言って、力なく笑う。

「穂香たちと食事をキャンセルしたあの日、僕も一ノ瀬課長たちから何かの情報を聞こうとして、あの場にいたのかもしれない。僕は他部署の人間だから、帰ろうと思えば帰れたのに。でも……」


四人で焼き鳥屋で飲んだビールは、久しぶりに本当に美味しかった。四人でくだらない話で笑った時間が、本当に心の底から楽しかった。


市村係長は、そう言って笑う瞳に、涙が浮かんでいた。

「夏期休暇の前に、初めて穂香が僕に抱きついて泣いたんだ。「おねがい。梛が満島さんから離れる方法を考えてほしいの」と。初めて縋って頼ってきた穂香に、僕は再び彼女と自分で鎖を繋いだんだ…」

市村係長は加瀬部長を訪ねて営業部へ行き、視界に一ノ瀬課長のデスクが入った。
机上のFAXに目を落とした。同時に川添穂香の顔が頭に浮かんだ。

悪い言葉を使えば、「悪魔が囁いた」というのだろうか。
FAXには長野の工房から発注した商品の納期の返答が書いてあった。

──この商品を、満島さんの名前で……。

「一ノ瀬課長が満島さんを構う姿を、穂香はいつも悲しそうに見ていた。満島さんを少し困らせるくらいの気持ちだった。キャンセルしたあと、すぐに同じものを購入して気づかれないように営業部に返しておこうと思ったんだ。一ノ瀬課長には「しばらく代用品を使ったら」とアドバイスするつもりだったし、満島さんが泣いていたら励まそうと思っていた」

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