白銀のカルマ
「正直、あなたには断られると思っていたんだけどね」

「このバーで働くことですか?」

「だってお母様は幼稚園の先生を務めてらっしゃるんでしょう?」

「はい」

「あなたの精神力も凄いけどお母様がよく許してくれたわよね」

「あ」

母の話題になった時、嫌でも体が反応した。

一瞬の出来事だったので、どうせ分からないだろうと思っていたがその微妙な情動さえも先生は見逃さなかった。

「どうしたの?」と即座に聞き返すと顔を覗き込む稲倉。

しかしその問いかけにろくに応じず、俯く優一。

ようやく何か発したと思えば、口から飛び出したのは『まだここで働いていることを伝えられてない』と言う事実だった。

「え………?」

「………母に嘘をついてここに来まして。」

「え…えぇ、そう。お母様にはどう伝えているの?」

「……”知り合いの音楽教室で助手をやってる”って言ってここに来ました」

稲倉の音楽教室の助手をやっていることは事実だがそれはつい最近のことでありそんな嘘をついてまで
親元を離れようとする思い切った行動に合点がいかなかった。

「どうして……嘘をついてまでここで働こうと思ったの?」

「………自分でもわかりません」

まだこの段階では母に管理される人生に疲れ、従来の環境では決して触れることの出来ないものに
手を伸ばそうとしていたなど夢にも思わなかったため、親を欺いた本当の理由を的確に伝えられず誤解を招いた。

「……自分は稲倉先生みたいに生きてみたいと感じたんです。」

「え?」

「うちの母は、僕を男として育てようとはしてくれたけど僕は普通の『男』にはなれなかった。先生はいつしか僕の〝理想の姿″になっていたような気がします。僕をいつも一番理解して褒めてくれた」
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