幼な妻だって一生懸命なんです!



「これ、うちの紅茶」

「ああ、そこにあったのか」

「長瀬さんが置いたんじゃないんですか?」

「ハウスキーパーさんかな?いや、家政婦さんかも」

「家政婦さんまでいるんですか!?」

ハウスキーパーに家政婦。
これは私の考えている次元をとうに超えていた。
家政婦さんが用意してくれたのか、その箱の横にはちゃんと紅茶を入れるポットと、ティーカップが並べて置いてあった。

「私がやります。ストレートで大丈夫ですか」

紅茶の入れ方なら、長瀬さんよりは詳しいと紅茶を入れる。
長瀬さんがコーヒーを飲むときは必ずブラックだ。
甘いより、ストレートがいいに違いない。

「任せる」

長瀬さんはネクタイを緩めながら、キッチンカウンターの向かいからそれを嬉しそうに見ていた。

紅茶の香りと入れる作業が私の心に平常心をもたらした。
ダイニングテーブルと窓の間には、ソファとローテーブルが配置されている。
私と啓介の六畳の部屋が二つ入ってもまだ広そうなリビングダイニング。
モノトーンの家具が生活感を感じさせないが、長瀬さんには似合っていた。

トレイが無いと言って、一つずつソーサー付のティーカップを各自が運び、ローテーブルに置いた。その位置は、長瀬さんと並んで座るような形になった。

「いただきます」

香りを楽しんだあと、長瀬さんが一口紅茶をすすった。

「うまいな」

「紅茶、よく飲まれるんですか?うちの紅茶があった」

「いや、あれは美波が来た時にと思って買っておいた」

…美波が来た時にと思って…

些細な言葉なのに、それがとても嬉しかった。
部屋に来るまでは、考えすぎて変に緊張をしていたが、今はこの雰囲気がいい。
私も一口紅茶を口に含む。
隣に長瀬さんがいる。幸せだな。

長瀬さんを見ると、ソファの背もたれから体を起こした。


「正式にはまだ発表してないけど …」

改まって姿勢を正し、私の目を見た。

「プロポーズしてからネタばらしみたいになって気を悪くするかもしれないけど…」

視線は泳ぎ始める。

「ちゃんと言わないとだよな」

ここまで来ると、ただの独り言だ。
この部屋に来てから三十分も経ってないけれど、予想はついている。
彼は会社と親密な関係があると。

「俺は、この先、高山百貨店の後継者となる」

やっぱり。

「そうですか…」

「爺さんは高山百貨店の親会社、高山グループの会長だ。高山社長は伯父さんで、その妹が俺の母親」

「なるほど、会長にとって長瀬さんはお孫さんなんですね。あ、社長」

「ああ、社長はよく知ってるよな」

実は社長はうちの店によく来る。
噂によると「Sweet Time Tea」を百貨店直属の店として営業させているのは社長の意向だとのことだ。
よっぽど紅茶が好きなんだろうなと思う。

プライベートでは良くティールームへ訪れるのだ。
社長の顔は入社式で見ただけで、社内報などで確認するくらいだったので、私服姿の社長を見てすぐに本人だと確認できなかった。

スーツ姿は威厳があり、難しい顔をしていることが多く、少し近寄りがたかった。
しかしプライベートでは、背も高く姿勢も良いこともあり、私服だと六十代半ばにしては若く見える。初めてお越しになった時は、気づかなくて、菜々子さんに「社長は常連さんだから」と言われ初めて認識したのだ。

ティールームに来る時は、いつも一人だ。
にこやかに笑って穏やかなイメージがある。
そして静かに紅茶を飲み、終わると長居はせずに帰って行く。
社長が飲むのは決まってダージリンティ。
この茶葉は私の祖母も大好きな紅茶。

「私の祖母もダージリンが大好きなんです」

いつか私が祖母の話をした時、目尻を下げ嬉しそうにその話を聞いてくれたことがあった。
それがとても印象的で、親しみやすく感じたのだ。
それから、社長が来店すると私が接客することが多かった。
最初は緊張もしたけれど、「ここにいる時はただの客だよ」と気さくに話をする。
それを真に受けて、社長とはよく話をするようになった。

社長が長瀬さんの叔父さんと言われると、なんとなく納得がいく。
雰囲気が少し似ているのだ。
長瀬さんの苗字が高山ではないではないのは、会社が母親の家系だからだった。



< 37 / 90 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop