幼な妻だって一生懸命なんです!
思わず声をあげてしまい、振り返ると長瀬さんがどこへ行くんだとでも言いたげに見つめてきた。
私は音を出さず口パクで「キッチンに」という。
納得したのか、スッと手を離した。
会話を途切らせてしまったようで「はい、大丈夫です」と言いながら、また窓際へと離れていった。しかし次に出た言葉に、私の全神経が緊張した。
「今、一緒にいます」
私の存在を社長に告げたのだ。窓ガラス越しに長瀬さんと目が合う。
「わかってます。それは、はい…約束なので」
逸らされた視線と同時に、彼の口からこぼれた言葉だった。
この時は何を話していたのかわからずにいた。
その後、すぐに電話は切られ「悪い」と申し訳なさそうに彼は謝った。
「いいえ。お仕事ですか?」
「いや、あ、まぁ、そうともいうか」
先ほどまであった熱は、彼の中から消えているのがわかる。
続きを待っていたなんて、はしたない私の期待は悟られないように隠す。
「送っていく」
社長からの電話、仕事とわかっているのに、彼からの言葉でどうしようもなく寂しくなる。
もっと一緒にいたかった。
あのまま彼のものになる覚悟をしていた。そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか。
「むくれるな」
私の鼻をキュッとつまんで、すぐに離した。
切なくて優しい笑顔で。
結局、この出来事の後、私たちは結婚するまで、そういう雰囲気になることはなかった。
結婚する前に、ベッドを共にしないって大丈夫なのかと考える暇もなく、準備だけがバタバタと進められ、私はこの一ヶ月後、彼の元に嫁いでいったのだった。
この時は、あまりにも急なスピードと自分の若さゆえの未熟さで、高山家に嫁ぐということが、どういうことなのか、実感がなかったのだと思う。
結婚となると家族、会社、すべての人々を巻き込むことを、この時の私にはまるでわかっていなかった。