幼な妻だって一生懸命なんです!


「茶葉はどれを」

ティーセットの中に茶葉らしいものがない。
すると社長が思い出したように

「あー、これ、これ使って」

私が持って来た限定セットの一袋を差し出した。

「これは客先にお持ちになると聞いたのですが」

店長からの伝言を伝える。

「一袋はね。もう一つは美波ちゃんと一緒に飲みたかったんだ」

そんなことを言われるとは思っていなくて一瞬、動きが止まる。
限定発売した貴重なものを簡単に飲んでいいものだろうか。


「あの、これは限定発売したものです。欲しくても買えないお客様だっています。私たちが簡単に飲んでいいものでしょうか?」

生意気にも社長に意見してしまった。
言ってからすぐに「しまった」と思っても、もう遅い。

秘書の多田さんをはじめ、樹さん、社長はぽかんと私を見ている。

「すみません、社長が良いっていうんだから良いんですよね、今すぐ入れます!」

社長は慌てながら、

「いや、あ、美波ちゃんの言う通りだね、私としたことが、美波ちゃんとお茶ができるからといい気になってたよ、多田くん、いつも飲んでる茶葉を持って来て」

「はい、かしこまりました」

樹さんはその様子を大笑いしながら見ている。
多田さんもクスッと笑って、茶葉を取りに部屋から出て行った。

「親父は、美波ちゃんにメロメロだな」

メロメロという表現が合っているのかなんてわからない。
社長が「ごめんね、そんなことも気がつかないで」と申し訳なさそうに謝ってくるので、私も恐縮してしまい、すみませんと何度も謝った。

そんなやり取りの中、樹さんのスマホが鳴り、受話ボタンを押すとそのまま部屋を出て行った。
社長は汗を拭きながら、多田さんが持って来た茶葉で紅茶を入れている私の様子を見ている。
ちらっと社長の顔を見ると、どういうわけか本当に嬉しそうで幸せな顔をしている。
側で立っていた多田さんが見かねて


「社長、そんなにみつめたら美波さんがやりづらいですよ」

「ああ、ごめんね。でもさ、嬉しくて。美波ちゃんがお嫁さんに来てくれてさ」

「社長の家に嫁いで来たわけじゃありませんよね」

多田さんの冷静な言葉に

「樹に甲斐性がないから、要に持って行かれたけど、こうして一緒に居られるだけでも嬉しいよ」

普段見ている社長とは大違いだ。
昨日、要さんを傷つけてしまったことを思い出すと、そんなに喜んでもらえて申し訳ないと思う。

要さんにあんな顔をさせてしまった。
考え直すと、ことの発端は店に由香さんが来てからだ。

私の気持ちが不安定になり要さんと向き合って話をせず、衝動的な行動に出てあんなことになった。要さんときちんと話そう。
由香さんと会っていたのも仕事の一環かもしれない。
自分の気持ちを奮い立たせ、強い気持ちになれたのも未熟な私をこんなにも可愛がってれる社長の姿があったからだ。

紅茶を社長に出して、一口飲み始めたところで固定の電話が鳴る。
多田さんがすぐに社長に取り次ぐと、社長はすぐ仕事の顔に戻る。
なんとなく電話の話を聞いてはいけないような気がして、化粧室に行くことを多田さんに告げ、社長室を出た。


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