夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 部長がいなくなると、私一人になる。
 会場には数え切れないくらいの人が集まっていた。
 クロスタイル本社の人間はもちろん、数多の子会社からも招待を受けた人間が揃っているからだろう。
 うちの会社のように部長と部下が一人、というのが各会社の部署ごとに決まっているのだとしたら、こんな人数になるのも頷ける。

(分かりました、って言っちゃったけど、どうしよう?)

 別段知り合いがいるわけでもなく、挨拶するような相手がいるわけでもない。
 あくまで事務課に所属する平社員でしかない私は、少々場違いだった。

(とりあえずご飯……)

 部長から与えられた指示をこなすため、会場の隅に並んだテーブルへ向かう。
 立食形式ということで、大皿に乗せられた料理がいくつも並んでいた。
 ひとまず自分のものと、部長の食べる分を確保しておく。

(どこか、席……)

 辺りを見回して、ちょうど空いた場所を見つけた。
 疲れた人間が座るためのものなのだろう。椅子も用意してある。
 側に置かれた小さなテーブルに料理を置き、改めてどうするか考える。

(部長が戻ってくるまで一人で立ってるっていうのもアレだし……。……あ、そうだ、飲み物)

 招待客が手に持ったグラスを見て思い至り、その場を離れる。
 そうして人混みの中を進んでいた時だった。

「ちょっと失礼。落とし物をしませんでした?」
「はい?」

 振り返ると、愛想のいい笑みを浮かべた――男性が立っている。
 落とし物が何かを確認する前に、すっと身を引いてしまった。
 それに気付いたのか、大げさに肩をすくめられる。

「やだな。ナンパじゃないですよ」
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