夫婦はじめ~契約結婚ですが、冷徹社長に溺愛されました~
 二人きりはご遠慮したい。周りに人の姿があっても、一対一で話すという行為に抵抗がある。
 緊張と混乱で頭が真っ白になっていく。
 このぐらい一人で対応できなければいけないというのに、仕事が関係している場だと思うと、余計に何も思いつかない。
 失敗してはいろんな人に迷惑がかかる。

(本当にどうしたら――)

「おい」

 低い声が背後で聞こえた。
 ぎょっと振り返ると、硬質な空気を漂わせた男性が立っている。
 無表情にも見える仏頂面は、他の人より背が高いのも相まってひどく威圧的な印象を与えた。

(ちょっと怖いかも……)

 けれど、おそらく私の友人たちなら一人残らずこう言うに違いない。
 ――かっこいい、と。

「人が目を離したらすぐそうだな。問題を起こすなと言ったはずだ」
「今まで俺が問題を起こしたことなんてあるか? ないだろ?」
「元恋人が受付まで乗り込んできた」
「うっ」
「酔って渡した名刺が俺のものだったせいで、変な女からひっきりなしに電話がかかってきた」
「ううっ」
「それから――」
「もういい、もういいから」

 にこやかにしていた男性が慌てたように言葉を遮る。
 よくは分からないけれど、この二人は知り合いらしかった。

「一応弁解しておく。俺はまだ、落とし物を届けてあげただけだ」
「まだ?」
「細かいことは気にするんじゃない」

 そう言い返した男性が再び私を見る。

「あなたからも言ってくれませんか。どうも友人に誤解されているようなので」

 その言葉に合わせて、友人と称された男性が私に目を向けた。
 そしていきなり頬に手を添えられる。
 驚いてぎゅっと目をつぶってしまった。
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