あの日の空にまた会えるまで。
青色の、お守り。
無造作に廊下に放り出されている、青色のお守り。
「……」
一瞬にしてあの日のことが思い出される。
ーーー「……ありがとう」
耳を掠めたその声に、私は無意識に首を振った。
「……馬鹿みたい」
あんなお守り一つで思い出すなんて。本当、馬鹿だ。
馬鹿な自分を振り切るように私はそそくさと再度足を動かした。
もう帰ろうかな、と思いながらお手洗いまでの廊下を歩いた。
楽しいのは楽しいんだけど、さすがに数時間もいるのは疲れた。ちらちらと帰ってる人もいるし、流れに乗って私も…とぐるぐる考えながら歩いていたのがダメだった。
前から来る人の姿に気付かず、そのままドン!とぶつかってしまった。
「す、すみませんっ」
「俺の方こそ、ごめ……」
目が合った瞬間、
心臓が止まったかと思った。
「……あお…ちゃん…?」
心臓が止まったような感覚だった。
体が動かなかった。
その中で頭に浮かんだのは、さっき見た青いお守りで。
「……あおちゃん…なんで…」
驚き固まった私の視界の中で手が伸びてきたのが分かって、私はハッとした。その瞬間、気付けばその手を払いのけていた。
「……あ、」
なにも、喋れない。
なにも言葉が、でない。
「…っあおちゃん!」
それからはもうただ逃げるように走っただけだった。
部屋に戻って鞄を雑に取り、驚く悠斗に目もくれず店を飛び出した。
「葵!?」
ーーーどうして。
どうして。
間違えるはずがない。あの人は紛れもなく、6年前に姿を消したあの人だ。
私を裏切り、私を切り捨てたあの人だ。
「葵!!待てって!」
強く腕を引っ張られ、その勢いでドン!と何かにぶつかる。
それが悠斗の胸だと気付くのに時間はかからなかった。引っ張られた勢いのまま悠斗の胸に吸い寄せられ、その後一瞬にして両肩を掴まれた。
「……お前、急になにっ?どうした?」
「……悠斗、どうしよう」
私の表情で何かあったと気付いたのだろう。悠斗の顔色がガラリと変わる。
「何があった?」
「……あの人、が…っ」
「は?あの人?」
「あの人が、いたの…っ!」
「だからあの人って誰だよ!名前言わなきゃわかんねぇだろっ」
あの日から今まで、何があってもあの人の名前だけは口にしなかった。心の中でさえ呼んだことはなかった。
名前を呼ばないことが、自分の、唯一の悪あがきだった。防衛線だった。名前を呼んでしまえば、私の全てが崩れてしまう気がした。必死に支えてきたものが支えきれなくなって、あの人の姿を追い求めてしまう気がして。
いつまでも忘れられない自分の愚かさを、
痛感する気がしたから。
「葵っ」
「……そう、せんぱいっ」
「…は?」
悠斗の胸元の服を握り締める自分の手に力が入る。
「ーーー奏先輩が、いた…!」
久方ぶりに口にしたその名前は、私の心に重く響いた。
まるで自分の中にある全ての感情の波を抑えていたストッパーが取り払われたような感覚だった。