擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
 きょとんとする彼に、亜里沙はいたずらっぽい満面の笑顔を向けた。


 近くにある寺から、ご~ん……ご~んと、重々しい鐘の音が鳴り響いてくる。

 おそらく祈祷の鐘の音だろう。辺りに響き渡るそれがいっそうの不気味さを醸し出して、これはもう絶妙に恐ろしい空気が漂う。

 うっそうと生い茂る草木の間の狭い道を、ふたりは無言で進んでいた。樹木が多いせいか太陽の光が届き難くて、昼間なのに薄暗い。

 彼の手はしっかりと亜里沙の手を握っており、心なしか汗ばんでいるようにも感じる。

 気温の高さのせいでもあるけれど、きっとこの雰囲気で緊張しているに違いない。

【往復の道のりは、決してしゃべってはいけない。悪いものが憑いてしまうから】

 小浜館の女将さんに聞いた言い伝えは、とても不気味なものだったけれど、その後すぐに「実際しゃべっても、なんともないわよー」なんて、カラカラと笑っていた。

 その事実を彼には言わず、声を出してはいけないことだけを伝えてあるのだ。

 横を歩く彼をちらりと盗み見ると、とても神妙な表情をしている。

 ふいに頭上の木が大きく揺れて、鳥がバサバサッと羽ばたく音がした。

 静かさの中に響くその大きな音で、亜里沙の心臓が大きく跳ね上がった。同時にビクッと揺れた彼の手からも震えが伝わってくる。

 心臓がドクドクと早鐘を打って、かろうじて叫び声を上げずにすんだけれど、すごく体に悪い。

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