擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー

 慌ててスマホを出して時計を確認すると、もう昼近くになっていた。

 お食事をする場所は決めてある。郷土料理を提供している老舗の食堂だ。

 セレブな彼が行きそうにもない、とても小さなお店。情報提供者は小浜館の女将さんだ。

「じゃあ行きましょうか。帰りも、車道に出るまで声を出したらダメですよ」

 にかっと笑って言えば、彼は再び渋い表情になった。

 そんな顔をしていても甘い顔立ちは崩れず、どちらかといえば哀愁を帯びた雰囲気になるのがちょっと卑怯だ。

 かっこいい人はどんな表情をしても絵になる。まるで映画俳優みたいに見る人を飽きさせない。

「おいしい物を思い浮かべながら行けばすぐですよ」

 そう言って彼を促した。



「ごちそうさまでした。おいしかったです」

 郷土料理を美味しくいただき、彼と一緒に食堂を出た。

 午後は名産品である焼き物を見ながら歩ける『焼き物散歩コース』を楽しむ。そこかしこにある古い焼き物で作られた壁画や瓦道はここでしか見られない。

 ここでも手つなぎは彼にとっては必須のようで。

「こうしたほうが、歩くペースが同じになるだろう?」

 などと言って、さりげなく手を握られてしまえば亜里沙は文句を言えない。

 彼は相手が誰であってもこうして手をつなぐのだろうか。

 ──私だから……特別に手をつなぎたいから、そうするの?

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