擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
だけど腰に回された手のひらが新たなぬくもりを与えてくれて、旅先のほんの僅かな時だけれど、彼と心が寄り添っているような、そんな特別で幸せな感覚を味わっていた。
周囲から感嘆のどよめきが耳に届いてきて、亜里沙も海へ目を向けた。
「……わあ、綺麗」
それ以上の言葉が出てこない。
水平線に沈みゆく茜色の陽は燃えるようなオレンジの塊となって、空も水面も一色に染め上げていく。
陽が沈み切って観光案内が終われば、彼とはもう接点がなくなる。
そう思えば少し切なくて、今のこの距離感がとても大切に思えて、何物にも壊されたくないと思う。
たとえ自分の身じろぎひとつでも、彼の腕が離れてしまうきっかけになるのはいやだ。
周囲の人が夕日にレンズを向ける中で亜里沙は写真を撮ることもせず、彼の腕の中で、陽が色を変えていく光景をただじっと見つめていた。
ふいに彼の腕の力が強まっていっそう密着すると、囁き声が耳元に降ってきた。
「この後のきみの時間、俺にくれないか」
「え……?」
「今日のお礼をさせてほしい」
──お礼……この後の時間って、一緒に食事を……との意味なの?
そう彼に問われると亜里沙には断る理由などどこにも見つからない。もう少し一緒にいたいと思う気持ちは、亜里沙も同じだから。
彼の少し不安げだけれど強い意思を帯びた眼差しをじっと見つめて、ゆっくりうなずいた。