擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー
課長が出て行ってから間もなくして、廊下の方がざわめいてきた気がしてにわかに気持ちがそわそわし始めた。
「こっちに来るのかな。さっき四つ葉薬品の子がメールで教えてくれたんだけど、香坂社長ってすごく若いらしいよ」
静かだったフロア内のそこかしこで話し声がし始めたおりに、恵梨香がそっと耳打ちしてきた。
「しかもイケメンだって。見たいよね!」
「食品の子ならまだしも、なんで薬品の子が知ってるの?」
「四つ葉食品と合同で健康食品の商品開発した時に来社されたから、ちらっと見たことあるんだって。それでつい見惚れちゃったっていうの!」
はしゃぐ恵梨香は「一瞬でもいいから見たいよね!」と同意を求めてくる。
「恵梨香~、私にとってはイケメンかどうかよりも、本当に冷徹社長なのか。そっちの方が大事な情報だよ~。それ聞いてよ~」
嘆くように言ってうれしそうにしている恵梨香を恨めし気に見る。
「ごめ~ん。でもきっとそうそう簡単に切らないって。会社なくすつもりなら、就任当初にさくっと決めそうじゃない」
手に職のある彼女には再就職の不安など微塵もないのだろう。亜里沙にはうやましい限りだ。
──やっぱり特技を身につければよかったなあ……。
大きなため息を吐いて、デスクに突っ伏しそうになるのをぐっと堪えた。
そのとき、経理課長が部署内に駆け込むように入って来た。
「河村亜里沙……社長がお呼びだよ」