擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー

 ──お願い、ひとりにしないで!

 縋るように経理課長を見ると、憐れみを含んだ眼差しを亜里沙に向けた後、深々と一礼して出て行ってしまった。

 足音が遠ざかって静まった部屋の中で、社長はまだなにも言わない。

 ただ亜里沙を見ているようだった。

 まるで観察されているように……。

「あの、ご用件は、なんでしょうか」

 これから始まる冷徹社長の恐ろしい尋問を予測して、顔を上げることもできずにたどたどしく問いかけると、社長が席を立った気配がしてビクッと肩を揺らした。

「そこでじっとしてて」

 ぽつんとドア近くに立つ亜里沙の元に、社長がつかつかと歩み寄って来る。

 そのピカピカに磨かれた革靴しか見つめることができずに、硬直したように立っていた。

 その靴が亜里沙の足元まで近づくと、スッと体が引き寄せられて、社長のスーツの色が視界一杯に入っていた。

「は? え? あの、社長?」

 ──横領は? というか、これって、もしかして。まさか抱き締められてる……の。

 突然の抱擁に戸惑いつつも、二ヶ月ほど前の出来事がありありと蘇ってきた。

 この逞しいけれど優しい腕の感触には身に覚えがあり過ぎて……そういえば声も同じような……?

「亜里沙、やっと会えた」

「えっと、まさかなんですけど……コウサカさん?」

 名を呼ぶと彼の腕の力が強まって、亜里沙の頬が胸にぎゅうっと押し付けられた。
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