擬似結婚ー極上御曹司の一途な求愛ー

 亜里沙の父親は、女性は家事ができるのが当たり前で、共働きであっても家事は収入の低い女性がするもの。

 子育ては母親の役目、家が散らかっているのは怠け、惣菜購入は甘えという考えの持ち主だった。そのことでよく喧嘩をしていたのを目にしている。

 だから程度の差こそあれ、多くの男性が求めているのは、そつなく家事をこなす女性だと思っていたのだ。

「それで……いいの?」

「家事は分担すればいいし、掃除はプロを雇ってもいいんだ。亜里沙も仕事を続けるんだから、ひとりで抱え込まないでくれ」

「うん、でも精いっぱい努力してみる。だけどあまり期待しないでね?」

「俺は、家事をしてほしくて、亜里沙と結婚するんじゃないからな?」

 頭をぽんと撫でてくれる彼の表情は、目に見えて安堵していた。亜里沙の胸のもやもやも、澄み切った青空のように晴れている。

「ありがとう。じゃあ、冷蔵庫の中身を買いに行きましょう。朝ごはんにハムエッグくらいは、作って食べてもらいたいから」

 今朝に作ろうと考えていたメニューだ。これくらいなら、それほど努力しなくても大丈夫である。

 亜里沙のすっきりした笑顔に、彼は無言のまま微笑んだ。

 その翌朝、少し焦げてしまったトーストとまあまあ綺麗にできたハムエッグと、彼の入れた極上のブレンド珈琲がダイニングに並んだ。
< 91 / 181 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop