こんなにも愛しているのに〜それから

あの日の想い

しばらくして
ビールと水が目の前に置かれた。
俺は水を静かに飲んだ。

「もう酔っ払うのは、懲り懲り?」

あの日のことをまた深野が言う。

「深野と一緒に飲みたくない、というだけだ。
本来俺はそんなに酒に弱くはないし
前後不覚になるほど
酔っ払ったこともない。」

今日で最後。
深野と会うのも話すのも今日で最後。

「なのにあの日はそんなに飲んだ
覚えもないのに、
前後不覚になるほど酔っ払った。」

「忙しくて、ストレス性の蕁麻疹なんかで
救急搬送されたりしたから、
身体が弱っていたのじゃない?
服用している薬との相性の悪さとか。」

深野がこともなげに言う。

「忙しいのは毎度のことで、
あの時は服用している薬もなかった。」

「たまたま、お酒との相性が
良くなかった日じゃないの。
10年も前のことでしょう。
記憶が曖昧になっているんじゃないの。」

「あの日のことは蓋をして地中深く埋めて
なかったことにしていた。
でも、ふと今になって思い返すことがあって、
思ったんだ。
あの日のことに何か腑に落ちない、、、
何かがあるって。」

深野はビールのグラスをじっと見つめたまま
何も言わない。
表情も何ひとつ変わらない。

「私とのことはなかったことにしたいのに、
思い返すことなんてあったの?」

「そうだな。
また、出直そうと言う時だからこそ、
いろいろと思うことも、多いのかもしれない。
一番先に、
捨て去ってしまいたいことだからこそ、
きちんと
させておきたいということもあるな。」

「相変わらず、人の気持ちなんて
わからない人ね。
あの日、
私は願いが叶ってあなたと愛し合ったと、
喜びだけだったのに、
あなたは吐くほど
私とのことに罪悪感しか、
感じなかったのよね。
少しは、私のことを思っていたから、
抱いてくれたんでしょう?」

「そこが違うんだ、、、」

かつて関係があったという弱みに
つけ込むように言う
深野に嫌悪感しか抱けなかった。

「違う?」

「あの日、俺たちは一緒に飲んだ。
少し気持ちのいいくらいの酔いの
はずだったのに、
気がついたら
俺に絡みつく深野がいた。
樹と呼ぶ声が、茉里とは違うと思って
現実に引き戻されたのに
結局はそのまま流されてしまった。

だけど
現実に戻されて、一線を超えてしまって、
覚醒するはずの俺は
だらしなくもそのまま眠り、
次に起きた時は、やらかしてしまった自分に
どうしようもなく焦って、
自分が信じられなくて、
トイレで思いっきり、吐いてしまった。

俺には茉里が、
深野には婚約者がいるのにだ。
自分が信じられなかった。
いくら酔っていたからといって、
はっきりとした自覚もないまま
ホテルの一室で、
そういう関係になるなどと。。。」

「そういう雰囲気になったのよ。
よく覚えていないかもしれないけど、
私はいずれ西澤くんと
そういう間になるって思っていた。
あの頃は、彼と別れてでも、
西澤くんの奥さんじゃなくてもいい
愛人でもいいから、一緒にいたかった。」

深野、それが俺にはわからない。
俺が愛することもないのに
なぜ
愛人でもいい。などと言えるんだ。

「俺は深野のことはいい同僚だと思っていた。
同僚というより
一緒に戦い抜いてきた戦友、同志、
本当にいい関係だと思っていた。

男女のどうのこうのなど
露ほども思っちゃいなかった。」

「。。。。。」

「あの日、まるで薬か何かを酒に
混ぜられたのでは、と思うほどに
記憶も曖昧なところがある。」

深野の指に瞬間力が入ったのを
俺は見逃さなかった。

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