こんなにも愛しているのに〜それから

浮気相手の想い

則文は相手と直接話すことを避け
弁護士を通して連絡をしてもらい
我が家が懇意にしている料亭に
来てもらうようお願いをした。

義父も同席をすると言っていたが
まずは
私と則文と3人で会うことにした。

仲居さんに案内されて部屋に入ってきた
彼女は、
血の気のない顔で
軽く会釈をすると
言われるがままに
私たちの前に座った。

仲居さんは彼女のためにお茶を出すと
音もなく出て行った。
これで
私たちが声をかけるまでは来ないだろう。

彼女には言っていないが
襖一枚隔てた隣の部屋には
弁護士さんがいる。

「今日はわざわざご足労いただき
ありがとうございます。
私は則文の妻で芳絵と言います。」

「坂上 佳代子(さかがみ かよこ)です。」

消え入りそうに小さな声で、
自分の名前を告げた。

緊張しているせいなのか
大人しそうな
地味な感じにも見える人だった。

「弁護士さんから、
今日の会話を録音しておいてください、
って言われたのですけど、
会話を録音させていただいてもいいかしら?」

ぎくりと身体が揺れたが
何かを決心したかのように。
ええ、と小さく返事をして頷いた。

「あなた、うちの夫則文のことが好きなの?」

単刀直入に尋ねた。

「はい。」

「いつから?」

「初めは仕事で何回かお見かけして、
いつも笑顔の優しそうな人だなぁって。
そのうち、妹尾(せのお)専務は
かわいそうな人だよって、
うちの会社のものたちが
噂をしていて。」

「可哀想?」

「はい。
年上の奥さんに押さえつけられて、
自分の会社なのに、奥さんが取り仕切って
何ひとつ口出しもできないらしいって、、、
会社にお見えになると、
ただの事務員の私たちにも
優しくしてくださって
必ず、一言二言声をかけてくださる
何不自由がないように見える妹尾専務にも、
悩みがあるんだって
思っていました。」

「そういう話は、どこでも聞く話よね。」

私はまたかと
苦笑した。

「ある日、ご夫婦をお見かけしたんです。
奥様は颯爽となさっていて
服装のセンスも隙がなくって、
もう、ドラマの中のキャリアウーマンって
感じで。
でも、立ち止まって専務と何か話されていて、
そのうち奥様がちょっと
怒ったようにものを言われて、
専務を置いて
一人で歩いて行かれたんです。
専務はそんな奥様の後ろ姿を、
とても辛そうに見てありました。

それを見て、あぁ、みんなが噂しているように、
奥様って強い人で
専務を言い負かして、彼のプライドも考えずに、
外でもああいう態度で
平気な人なんだって、、、
専務がとても可哀想になりました。」

彼女の話は、
自分が見た私たち夫婦の姿に
きっとこうだったらいい
うまくいっていない夫婦だったらいい

自分の願望のもと色眼鏡で私たちを
見ているに過ぎない。

でも
後ろを振り向かない私は、則文のそういう
繊細な感情に
気づかなかったのかもしれない。
気づこうとしなかったのかもしれない。

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