こんなにも愛しているのに〜それから

別れ

私たちは一つの結論を出し、
それぞれの親に報告をした。

私の両親へは今度の騒動のことを
告げずに
それぞれの方向性の違いということで
離婚の報告をしたら
’あんたのわがままが過ぎたんでしょ。’

叱られた。
子供もいるし
何とか思い直しなさい
とも言われたが
私の我儘を通すという
いつものやり方で納得をさせた。

則文のご両親への報告が
一番辛かった。
今回の件で離婚する思われた義両親は
則文を責めに責め、
お義父さんは
強烈な鉄拳を則文に下された。

結局
お義父さんは
右手指にヒビを入らせ
則文は全治何週間という怪我で
腫れ上がった顔のまま
出社するに至った。

二人とも
私のために本当に申し訳なかったとしか
言えなかった。

一番の難関は
子供明文だった。
小学校3年生、もういろいろなことがわかる。
大泣きに泣かれた。

私が連れて東京に戻ろうと
思っていたのだが
どうしても学校を転校したくない。
じじばばと毎日会えないのは嫌だ。

お父さんとお母さんと
離れて暮らすのも嫌だ。

大人の理屈が通るわけがない。

則文や義両親にお願いをして
私一人上京しようかとも
考えたが
やはり
お母さんと離れたくないと
大泣きに泣かれ
ほとほと困り果てた。

則文を嫌っての離婚だったら
もっと
潔くできたのだろうけど。

私たちは明文に、

お父さんお母さんは離婚するけど
明文の、
お父さんお母さんを
止めるわけではないと、
心を尽くして説明をした。」

「じゃぁ、
お父さんとお母さんが別れて暮らすだけで
いいじゃない。
僕が
両方に行ったり来たりできるように
近くで別々に住んで。」

子供らしい
発想で提案された。
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