夜空に君という名のスピカを探して。
 夕食はお母さんが運んできてくれたものを部屋で摂った。

そのあと、シャワーを浴びて再び部屋に戻ってきた加賀見くんは電気もつけないでベッドに横になり、ポスンッと枕に顔を埋める。

 お父さんのことを考えているのか、胸がモヤモヤして気持ち悪い。

これはきっと、加賀見くんの感情だ。


「……はぁ」


 ほとんど無意識なんだろう。

ため息をつく加賀見くんに、もどかしくなる。

私に出来ることはないのだろうか、嫌な気持ちを忘れさせてあげられたらいいのに。

そこまで考えて、ふと閃いた。


『加賀見くん、明日歌うカラオケの曲を覚えよう!』

「……は? 本当にやるのか? 今、そういう気分じゃ……」

『そういうときこそ、なにかに集中していたほうがいいんだよ』


 そう言って『ほらほらっ』と加賀見くんを急かし、寝たまま耳にイヤフォンをつけてもらう。

そして、あらかじめ考えていたアップテンポな男性ボーカルユニットの曲をチョイスして聞かせた。

 加賀見くんはスマホの画面を見つけたまま、じっと音楽に聞き入っている。

すると、次第にスマホを握っている指がトントンッとリズムを刻み始めた。


「これ、なんの曲なんだ?」


 曲を聞き終えると、加賀見くんが珍しく自分から私に聞いてきた。

それになぜか嬉しくなって『私が好きなドラマの主題歌だったの。

『HEROの法則』ってやつ』と声を弾ませて説明する。


「へぇ……テレビなんてニュース以外見たことなかったな。こういう曲も……って俺、やっぱり普通じゃないか?」


 自嘲的な笑みをこぼして私に尋ねてくる彼は、やっぱり様子がおかしい。

これもお父さんが関係しているのだろうか。

 なにも言えずにいると、初めから答えなんて求めていなかったように続ける。


「俺はずっと両親が経営してる不動産会社の跡取りになるために、必要なことだけをしろと言われてきたんだ。だから、こういうのはよく分からない」


 “俺、やっぱり普通じゃないか?”

 そのひと言に、胸がズシンッと重くなった。

この感情が彼のものなのか、私のものなのかは分からない。

でももし加賀見くんのものでもあるならば、ずっと寂しさを抱えて生きてきたのかもしれないと思った。


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