夜空に君という名のスピカを探して。
『え、なに? 宙くんから話しかけてくるなんて、明日は世界滅亡かな』
「失礼なやつだな……俺から話しかけたら悪いのか」
『そんなこと言ってないよ、意外だなーって思っただけ』
私たちしかいない住宅街に、加賀見くんの声だけが響く。
静かだなと思っていると、ふいに夜空へ視線が向いた。
キラキラと個々に輝く星たちが、視界いっぱいに広がる。
でもやっぱり、都会の地上の光が眩しすぎて星は霞んで見えた。
「……初めてだった」
ぽつりと宙くんは言った。
そこに相づちを打つことで、彼の言葉を遮りたくないと思った私は無言で耳を傾ける。
「勉強以外の時間がこんなに充実してたのは、初めてだった。ダイやカズと一緒にいるだけで見るもの聞くものぜんぶが面白いし、綺麗に見えるんだよ」
『宙くん……』
「それに気づいてから、今まで自分がどれだけ空っぽだったのかを思い知らされた」
酷く寂しげな声音で、まるで自分にはなにもなかったと言っているように聞こえる。
確かに今までの宙くんは跡継ぎになるために必要か否か、そういう損得勘定だけで世界を見ていたのかもしれない。
だから、身近にある宝物に気づけなかった。
『でも宙くんは、友達っていう宝物を見つけた。だからもう、空っぽなんかじゃないよ』
知らないことは、風間くんや佐久間くんという友達に教えてもらったらいい。
空虚な心は、彼らとの思い出で埋め尽くせばいい。
そんな私の思いが通じたのか、宙くんは夕日のように頬を赤く染めて呟く。
「……そうだな』
『そうだよ』
「その……お前もいるしな、楓」
『え?』
音が止んだ気がした。
風が木の葉を揺らし、家々から漏れる人の声も一瞬にして消えてしまったかのような静寂。
耳に届いたのは、堅物の彼が紡ぐ私の名前だけ。
「名前……大事なんだろう、楓」
少し、恥ずかしそうに頬を掻いた宙くん。
その仕草と私を呼ぶ声に、トクンッと心臓が跳ねて言葉を紡ぐことを忘れる。
『…………』
「なんとか、返事をしないか」
『……ご、こめん……。なんか、感動しちゃって』
声が小刻みに震えたけれど、ワントーン上げて明るく装った。
出会った当初の冷徹な彼はどこへやら、今は纏う雰囲気も眼差しも声音もすべてが穏やかだ。
命も夢もぜんぶを失ってしまった私にも、誰かのためにできることがあった。
その事実に、彼の存在に、心救われていた。
「変なやつだよな、お前」
『宙くんも相当変なやつだよ……。幽霊の私を名前で呼ぶなんてさ』
「お前が呼べって、言ったんじゃないか」
『ははっ、そうなんだけどね……』
もう誰にも呼ばれるはずのない私の名前を、君が呼んでくれた。
それに居場所を与えられたような気がして、泣きたくなった。
『ありがとう、宙くん……っ』
そう言った私の目から、涙がこぼれた。
「なっ……お前……」
宙くんは自分の頬に触れて、手についた雫を呆然と見つめる。
私が泣いたから、宙くんにまで伝わってしまったみたいだ。
感覚を共有していると、こういうときに不便だ。
強がりたいのに、胸の痛みも涙もすべて伝わってしまうから。
『ご、ごめんねっ、つい……』
「……別に、いい」
『え……?』
てっきり、勝手に泣くなと怒られると思っていた。
けれど宙くんは、私が泣くことを受け入れてくれている。
それにまた涙腺は脆くなって、大粒の雨のようにハラハラとしょっぱい雫が流れていった。
「そのまま泣いてろ、枯れてなくなるわけじゃないんだから」
そう言ってゆっくりと歩き出す宙くんに、胸が熱くなる。
そのぶっきらぼうさも、今では優しさにしか思えない。
ありがとう宙くん、なにも聞かずにただ泣かせてくれて。
宙くんの優しさと夜空の星たちに見守られながら、私は静かに涙を流し続けるのだった。
「失礼なやつだな……俺から話しかけたら悪いのか」
『そんなこと言ってないよ、意外だなーって思っただけ』
私たちしかいない住宅街に、加賀見くんの声だけが響く。
静かだなと思っていると、ふいに夜空へ視線が向いた。
キラキラと個々に輝く星たちが、視界いっぱいに広がる。
でもやっぱり、都会の地上の光が眩しすぎて星は霞んで見えた。
「……初めてだった」
ぽつりと宙くんは言った。
そこに相づちを打つことで、彼の言葉を遮りたくないと思った私は無言で耳を傾ける。
「勉強以外の時間がこんなに充実してたのは、初めてだった。ダイやカズと一緒にいるだけで見るもの聞くものぜんぶが面白いし、綺麗に見えるんだよ」
『宙くん……』
「それに気づいてから、今まで自分がどれだけ空っぽだったのかを思い知らされた」
酷く寂しげな声音で、まるで自分にはなにもなかったと言っているように聞こえる。
確かに今までの宙くんは跡継ぎになるために必要か否か、そういう損得勘定だけで世界を見ていたのかもしれない。
だから、身近にある宝物に気づけなかった。
『でも宙くんは、友達っていう宝物を見つけた。だからもう、空っぽなんかじゃないよ』
知らないことは、風間くんや佐久間くんという友達に教えてもらったらいい。
空虚な心は、彼らとの思い出で埋め尽くせばいい。
そんな私の思いが通じたのか、宙くんは夕日のように頬を赤く染めて呟く。
「……そうだな』
『そうだよ』
「その……お前もいるしな、楓」
『え?』
音が止んだ気がした。
風が木の葉を揺らし、家々から漏れる人の声も一瞬にして消えてしまったかのような静寂。
耳に届いたのは、堅物の彼が紡ぐ私の名前だけ。
「名前……大事なんだろう、楓」
少し、恥ずかしそうに頬を掻いた宙くん。
その仕草と私を呼ぶ声に、トクンッと心臓が跳ねて言葉を紡ぐことを忘れる。
『…………』
「なんとか、返事をしないか」
『……ご、こめん……。なんか、感動しちゃって』
声が小刻みに震えたけれど、ワントーン上げて明るく装った。
出会った当初の冷徹な彼はどこへやら、今は纏う雰囲気も眼差しも声音もすべてが穏やかだ。
命も夢もぜんぶを失ってしまった私にも、誰かのためにできることがあった。
その事実に、彼の存在に、心救われていた。
「変なやつだよな、お前」
『宙くんも相当変なやつだよ……。幽霊の私を名前で呼ぶなんてさ』
「お前が呼べって、言ったんじゃないか」
『ははっ、そうなんだけどね……』
もう誰にも呼ばれるはずのない私の名前を、君が呼んでくれた。
それに居場所を与えられたような気がして、泣きたくなった。
『ありがとう、宙くん……っ』
そう言った私の目から、涙がこぼれた。
「なっ……お前……」
宙くんは自分の頬に触れて、手についた雫を呆然と見つめる。
私が泣いたから、宙くんにまで伝わってしまったみたいだ。
感覚を共有していると、こういうときに不便だ。
強がりたいのに、胸の痛みも涙もすべて伝わってしまうから。
『ご、ごめんねっ、つい……』
「……別に、いい」
『え……?』
てっきり、勝手に泣くなと怒られると思っていた。
けれど宙くんは、私が泣くことを受け入れてくれている。
それにまた涙腺は脆くなって、大粒の雨のようにハラハラとしょっぱい雫が流れていった。
「そのまま泣いてろ、枯れてなくなるわけじゃないんだから」
そう言ってゆっくりと歩き出す宙くんに、胸が熱くなる。
そのぶっきらぼうさも、今では優しさにしか思えない。
ありがとう宙くん、なにも聞かずにただ泣かせてくれて。
宙くんの優しさと夜空の星たちに見守られながら、私は静かに涙を流し続けるのだった。