最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
好き勝手な揶揄や憶測など、イヴァンは気にも留めない。
しかしある人物の助言だけは違った。
それはある日、イヴァンが居間でひとり猟銃の手入れをしていた夕暮れのこと。
「陛下、お申し付けのオイルをお持ちしました」
そう言って部屋に入ってきたのは侍従ではなく、胸元の大きく開いたシルクタフタのドレスに身を包んだひとりの女性だった。
申しつけたはずの侍従ではなく見知らぬ女性がやってきたことに、イヴァンは顔をしかめる。
それを見て女性は品のよい笑みを浮かべると、ドレスの裾を軽く持ち膝を曲げて挨拶をした。
「トリース市総督副官レフ・フローロヴィチ・スヴィーニンの妻、ジーナと申します。この度は夫と共に陛下のご旅行の随行の栄誉にあずかり、恐悦至極にございます」
皇帝夫妻の長旅ともなれば、百人を超すお供の一団がついてくる。側近を始め親衛隊に聖職者に医者、侍従武官に将官、料理人や理髪師、従僕などなど。さらにお供の貴族も専属の召使いを連れてくるのだから、もはや小さな村が移動しているようなものだ。
特にイルジアに入ってからは現地に詳しいものをトリースから追加で加えていた。イヴァンもだいたいは把握していたが、さすがに同行者のひとりの妻の顔まではとっさに思い出せなかった。