最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
――十月。
イヴァンは帝都を離れ、スニーク帝国の最南にある国境沿いの港へと来ていた。
スニーク帝国が港を持つこの海は大陸にある内海で、そこに浮かぶ半島を巡って対岸に面するテルキット帝国との小競り合いが、もう十年近く続いている。
内海沿岸には軍隊を配備しテルキット帝国からの侵攻に常に備えているが、軍の指揮権を委任してある総司令官が急病に倒れたと報せがあったのは二週間前のことだった。
しかも総司令官の後釜を巡って軍内は混乱しており、まるでその隙を突くかのようにテルキット帝国が攻撃を仕掛けてきているという。
総司令官の座を巡って揉めているのは高位の軍人、将官ばかりだ。貴族間の派閥争いにまで発展してきてしまい、もはや皇族が介入しなければ収束できない事態に発展している。
そんな状況を見かねた兵士たちから、どうか沿岸の司令部まで来て指揮を執り混乱を収めてほしいと乞われて、イヴァンは仕方なく帝都を離れることとなった。
さすがに今回ばかりはナタリアは同行していない。小競り合いとはいえ戦場の前線だ。危険な場所に皇后を連れ回すわけにはいかなかった。
ナタリアを帝都に残して発つことにイヴァンは不安で後ろ髪を引かれる思いだったが、やがて彼は思い出す。儀典装ではない戦地用の軍服に袖を通し、戦線に漂う硝煙の匂いを吸い込んでいるうちに、自分が軍人であったことを。