最愛なる妻へ~皇帝陛下は新妻への愛欲を抑えきれない~
今は彼の世話になってばかりだが、いつかは自分が彼の力になれる日がくればいいとナタリアは考えている。――それなのに。
ナタリアは知っている。イヴァンがときどきどうしようもなく悲しい瞳で自分を見つめていることを。
その理由はわからない。イヴァンに尋ねても『気のせいだ』と返されてしまう。
けれどそれが気のせいではないことも、そして自分に原因があることもナタリアはなんとなくわかっていた。
ナタリアには十五歳より前の記憶があまりない。概念的な情報やぼんやりとした記憶は少しあるのだけれど、思い出と呼べる確固たるものはなにひとつ覚えていない。
イヴァンや側近らの話によると、ナタリアはイヴァンとは幼少の頃からよく知った仲だったらしい。けれど彼とどんな関係を築いてどんな時間を過ごしていたのかは誰も語ってくれなかった。
イヴァンがときどき悲しそうな瞳をするのは、自分が過去のことを覚えていないせいだろうかとも思う。ならば申し訳ないと思うのだけれど、どうすることもできないのがもどかしい。
それとも――もうひとつの心当たりに原因があるのだろうかとナタリアは眉根を寄せる。
もうひとつの心当たり、それは不治の持病のことだ。