同期が今日から旦那様!?〜そこに愛は必要ですか?〜
「先輩、本当に今日は帰ったほうがいいですよ?顔色、相当悪いですって。青を通り越して白いですよ?」
しっかりデザートのコーヒーゼリーも食べる桃菜は、スプーンを置いて私の額に手をやる。
「熱、ありますよ!のんきにアイスティーとか飲んでないでサッサと帰ってください。私が先輩の仕事は片づけておきますから。心配しないで帰るんです!」
バックをグイグイと私に持たせると、桃菜はカウンターへと食器を返却しに行く。
はぁ・・・帰ろう。
体調が本格的に悪くなってきたみたい。
課長に早退の届を出したら帰ろう。
クラクラする頭を押さえながら歩き出した途端に、誰かとぶつかってしまったらしく私は派手に倒れこんだ。
「イタ・・・」
ぶつけた膝をさすりながら顔を上げる。
そこには朝、更衣室であった酒井さんが私を見下ろして立っていた。
「ごめんなさい、ぶつかっちゃって」
足元に広がる荷物をまとめてバックに入れながら、そう言って立ち上がろうとする私に、彼女はひらりと一枚の紙を差し出す。

「あ・・・」

それは朝、私がバックに突っ込んだ紙屑になってしまった婚姻届の用紙。

「橘さん、ご結婚されるんですね。でも、お相手のところが空白ですけど」

そう言いながら、婚姻届を周りの人に見えるように広げる。
私の書いた文字だけが強調されているように浮き上がっているようにさえ見える。

「それは」

「まさか、お相手がいないのに書いて持ってるなんて事はないですからね」

あはは・・・ついこの前まではいたんですけどね・・・。

「それは・・・」

やっぱりあの時、気が付いていたんだ。
わざとらしく今、この場所で見せなくてもいいじゃない。
彼女にはなぜかライバル視されてるところがあって、なぜなのか理由も全く分からない。
最近、収まってきたなって思っていたのに。
その場にいた人たちがザワザワし始めて、私の周りに人が集まり始める。
頭痛い・・・気持ち悪い・・・。
立ち上がろうにも立ち上がれない。

もう、どうでもいい。

男なんて所詮、下半身で生きてる生き物なのよ。
好きだとか、愛してるとか口では言っても結局最後は嘘になる。
結婚しようなんて言葉さえ、嘘だったんだから。
将来の約束が嘘なら何を信じる?
恋とか愛とか結婚に望まなければいいのよ。
真面目に働いていて、嘘をつかない人と結婚すればいい。
恋も愛もいらない。
だから、そんな紙切れに気持ちを託すようなことしなければいい。

回らない頭で、酒井さんがうっすらと笑みを浮かべながら私を見下ろして、「もしかして、橘さん、婚約破棄されたんですか?」なんて言っているのを、ただぼうっと見る。

なんでそんな事知ってるの?

そんな言葉が口をついて出る寸前だった。

「橘さんは僕と結婚します」

誰かが言った。





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