完璧美女の欠けてるパーツ
珍しく酔ったかもしれない。
終電を気にして梨乃は腕時計を覗くと文字盤がゆがんでいた。
やっぱり日本酒は効くものだと、他人事のように思いながら「そろそろ帰りましょうか」と大志に問いかける。
「今日はタクシーで送ります」
「大丈夫ですよ」
梨乃はスッと立ち上がったつもりだったけど、身体の芯がどこかに行ってしまったようで、思いきりふらついてしまった。
「あぶない」
大志の声と身体に支えられ、梨乃は大志の胸にすっぽり抱かれた。
「飲みすぎです」
「初めて酔いました」
素直に言って顔を上げると、大志の顔がすぐ目の前にあった。
頬に触れたい
眼鏡を外したい
髪に指を入れて絡めたい
キスしたい
そう
キスしたい。
梨乃は背を伸ばし、大志の唇に自分の唇を重ねてみた。
柔らかくてアルコールの匂いがする。
それはハイボールの香りか日本酒の香りなのか知りたかったけど、梨乃の頭は回らなかった。
梨乃より頭が回らなかったのは大志だろう。
驚いた顔で梨乃を見ていた。
そして互いに次の言葉を待つけれど、耳を澄ませば居酒屋のBGMと他の客の笑い声と従業員の威勢の良い声しか聞こえない。
もう遅い。全て遅い。
梨乃はスイッチが入ったように大志から離れ、テーブルの上にあった水を手にして一気に飲む。
「今までありがとうございました」
それはいつもの梨乃だった。
28階の高嶺の梨乃さんの姿であり、クールで美しい梨乃だった。
さっきまで酔って足腰が立たなかったのが嘘のように梨乃は大志に礼を言う。
意地とプライドで彼女は立っていた。