天満つる明けの明星を君に②
雛乃からしたら、天満が自分に手を出してくることなど想像することもできなかったが――芙蓉や柚葉が言うように、いつ良い雰囲気になって天満が迫ってくるかもわからないと言われると、自分の身体が顔が気になり、とてつもない長風呂になっていた。


「私…おかしい所ない?そういう時ってお化粧してていいのかな…」


なにぶん経験がないのだから、全てにおいて未知の世界だ。

芙蓉から貰った石鹸で隈なく身体を磨き上げ、香油を使い、髪を丁寧に梳かして浴衣を着ると、部屋に戻って鏡台の前に座った。

もちろん――部屋の縁側には天満が腰かけていて、ちらほらと降る雪を見ながら雪見酒を飲んでいた。

なんらいつもと変わらないその様子に安堵した雛乃は、鏡越しにその背中を見つつ声をかけた。


「天様はまだお身体が万全じゃないので、床は別々に…」


「え、大丈夫だよ。それとも…雛ちゃんは僕と寝るのが嫌?」


「い、嫌とかじゃなくて…!あの、ほら、天様のお身体が気になるので…今夜は…」


じいっと見つめられて蛇に睨まれた蛙のような状態に陥った雛乃だったが、天満はにこっと笑ってゆっくり視線を外すと、また夜空を見上げた。


「もしかして、芙蓉さんや柚葉さんに何か吹き込まれた?」


「えっ!?な…っ、なんのことですか!?私別に何も…」


「雛ちゃんは相変わらず嘘が下手だなあ」


くすくすと笑った天満のその言い様が、とても昔から嘘が下手であることを知っているような口ぶりだった。

だが天満が楽しそうにしているので水を差すようなまねを避けたかった雛乃は、僅かな違和感を覚えながらも頬を膨らませて天満の隣に座った。


「一緒に蜜柑を食べようか」


皮を剥いてくれる天満のその姿と、走馬灯のようなもので見たあの光景が被った。
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