天満つる明けの明星を君に②
天満と暁が去った後、雛乃はへたり込んでしまっていた。

実は幼い頃から男に嫌悪を抱いてしまう男性恐怖症的なものを抱えていて、ぽんと養父しか男には触ったことがない。

男に触れられようものなら吐き気がして立っていられないほどの眩暈を覚えて、そんな自分をぽんが常に守ってくれていた。

そのぽんが百鬼夜行の主の元に修行に出されることになってからは不安ばかりで、寝込んでしまうこともしばしばあった。


そんな自分が――さっきは差し伸べられた天満の手を自然に取ろうとしてしまっていた。

あのとても優しそうな男は、眩いばかりの美しさの朔よりも輝いて見えて、息をするのを忘れてしまうほどだった。

口元に笑みは上っていたけれど、常に困った風なあの表情は一体何だったのだろうか?

それとあのまだ小さな女の子――次期当主の暁にとてつもない愛情を覚えたのは一体何故?


「雛、ちゃんと挨拶できたか?」


「ぽんちゃん!うん多分…。でも私困らせてるみたいで…」


「誰を?」


「天様を…」


「天様?あの方は朗らかだし面倒見良いし、天様を困らせるのはお嬢だけだと思うけどなあ。とにかくあいつからよく逃げられたな、良かった良かった」


雛菊は眉を下げて俯いた。

ほぼ命からがら、ここまで逃げた来た。

蛇のようにしつこい男に付きまとわれて、日々猫撫で声で嫁に来いと言われ、断るとぽんの家族たちがどうなるかと脅しをかけられてきたが、ぽんの家族たちは自分たちはどうにでもなるから逃げろと言ってくれた。

そう言ってくれたのは、ぽんからの文のおかげ。

主さまとぽんならどうにかしてくれるはずだから、と背中を押してくれた。


「私…本当にここに居ていい?」


「ああ、お前の働き口が見つかるまで居ていいんだ。あとちゃんとお前の口から状況を主さまにお伝えするんだぞ」


「うん」


ふかふかのぽんを抱きしめるとようやくひと心地ついて息をついた。


――天満という名の、あの男に会いたい。

何故だかは分からなかったけれど、心臓が高鳴っていた。

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