天満つる明けの明星を君に②
「私はへその緒がついた状態で山の中に捨てられていたそうです。それをお義父さんが…ぽんちゃんのお父様が見つけてここまで育てて頂きました」


「それは…苦労しましたね」


「いえ私は全然…。狐狸族が鬼の子を育てることになったのですから、さぞ苦労したと思います。恩返しがしたかったのですが…」


俯いた雛乃は、正座した膝の上で指を震わせていた。

泣いているのか肩も震え始め、抱きしめたい衝動にかられたものの、先程手を取るのを拒まれたことを思い出して努めて冷静にやわらかく話しかけた。


「まだ続きが?」


「…私たちの里に、大きなお屋敷があります。鬼族のお屋敷です。格式の高いお家柄で…そこの長男の方から…その…求婚をされて…」


「鬼族…姓は?」


鬼脚(ききゃく)家です」


「鬼脚…末端だね。家柄がいいと言ってもうちには足元にも及ばない。雛乃さん安心して下さい。彼らはうちには逆らえないから、あなたを守ることができる」


常に目元が柔らかく優しげだった天満の気迫に満ちた強い口調と眼差しに、雛乃は射抜かれた。

そこでようやく天満をまともに観察することができた。

行儀よく伸びた背筋、長い手足と首、少し伸びた前髪を耳にかけて――その左耳に輝く赤い紅玉の耳飾りを見た途端、目が離せなくなった。


「そ…それは…?」


「?ああ…これは僕の大切な物です。これが何か」


「い、いえ。その…私…少し外で空気を吸って来ます」


どうぞ、と天満に促された雛乃は、飛び出るようにして庭に下りると、胸元からひとつの簪を取り出した。

その先端には――天満の耳飾りと全く同じ色をした紅玉が。


「偶然なの…?」


同じ石から削られたものだろうかと色々考えたが、この簪は捨てられた時に包まれていたおくるみの中に入れられていたもので、恐らく哀れに思った母親が入れたものだろうと思い、大切に持ち歩いていた。


「なんか…胸がおかしい…」


天満と会うと心臓が早鐘を打って息が上がりそうになってしまう。

雛乃はその正体が分からず、うずくまって衝動が去るのを待った。
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