綴る本
 訓練所に行く道程に、兵舎や食堂に談話室、浴場などの設備を横目に、二人は黙ってもくもくと目的地に向かった。度々ここの兵士達がヘンズに声を掛ける。
 訓練所の扉を開けて二人が入ると中には、三人の男女が退屈そうに座りながら各々暇を潰していた。扉の開く音に三人が一斉に顔を向ける。
「やっときましたか、ヘンズ。もう少し遅ければ脚と脚の間にあるこの世の中の汚物を一同に集めたそれを排除しようかと思うところでした」
 薔薇のように鮮やかな赤い色の髪を背中まで流している円らな瞳の少女がさらっと暴言を吐いた。その発言に一人の男性が大事な部分を隠し、想像したのか若干顔を青ざめる。もう一人の女性は顔を引きつらせていた。
 暴言を吐かれたヘンズはそれには触れず、三人の許まで近寄った。ユラもそれに続く。
 近づいてきたユラを立ち上がった三人が、まじまじと穴が空くのではないかと思うほど、瞳を凝らせ見つめた。何故か三人とも何を思ったのか嘆息する。
「こりゃまた綺麗な男だな。戦いとは無縁に見える。なんというか何処かの貴族の人か? あんた」
 濃いブラウンの短めの髪をした男が、しげしげとユラを眺める。
「いや、違う」
「ふーん、そうかい」
 余りその返答に納得してないらしい。気のない返事がそれを物語っている。
「君の名前は?」
「ユラ」
「じゃあ、ユラ。あそこに血が飛び散っている床があるな。そこまで一人で行ってくれ」
 ヘンズが指差している離れた場所の床には、斑模様のような血が点々と飛び散っていた。壁や床が全て白で統一されているなか、その箇所だけ違和感がある。
 ユラがそれに目を向けたのを切っ掛けに、少女が補足した。
「あの血は今日の志願者たちの血です。人体に影響を及ぼさないように裂傷させた際に飛び散りました」
 ユラは指示された血の付着した床まで行き、集まっている四人に振り返った。
「ルージュ、また頼んだ」
 その言葉に、赤い髪の少女――ルージュが不満顔を見せた。またですか、と刺のある声で言う。
 今日の志願者たち全員、といっても十四人もルージュが相手を勤めているため、そういうのも無理はない。外見は小さすぎない身体に、華奢な体付きにみえるためそれほど体力があるように思えないが、彼女の場合、体力面は問題ないけれど精神面に問題があった。
< 14 / 38 >

この作品をシェア

pagetop