綴る本
 ルージュは心の内で苛立ちを覚えていた。兵士に女も男も関係ないと考えている彼女にとって侮辱ともとれる態度をするのはいかんともしがたい許せないことである。区別とかではなく差別を。女だからとか男だからとか関係なく、兵士は強さを要求される立場。中隊長の地位に登った彼女はそれだけの要求に答えて今の地位に居る。運ではなく実力として。
 確固たる自信や信念を何も知らない、ましてやただの志願者に言われることは、ルージュにとって一度や二度ではななかった。彼女は言ってきた相手を悉く実力を持って潰してきている。今回も同じように潰す、黒い気持ちを濃くして、思考を遮断した。
 ルージュが更に腰を前かがみに床すれすれまで落として親の敵でも見るような瞳を向けた。途端、弾けるように地面を蹴り、外見から想像しえない速さで肉薄する。
 ユラの懐に飛び込んだルージュは手首を素早く返して横を擦り抜ける際に腕を斬り付けようとした。が、短剣からいつもの手応えの感触が感じれないことに眉をひそめるのと同時に、顔が驚きに目を見張った。
 ユラにルージュの短剣を握っている手首を捕まれ、振り抜けず止まっている。慌てて振り払うように遮二無二動かすがピクリとも動けない。
「なっ――!」
 ルージュが驚きの余り動揺の声を漏らした。瞬間、視界が暗転したかと思うと次には背中の衝撃と白一色が視界を埋め尽くし、呻き声を漏らす。気が動転して自分の身に一体何が起こったのかわからず、ルージュの身体が硬直する。頭では忙しなく状況を理解しようと思考を働かせているが、身体は思うように動かない。
 倒れたまま動かないルージュに急いでユマリスが駆け寄り、身体を揺すりながら声をかけていた。ユラが傍らで傍観している。
 遠くで模擬戦闘を観察していたアクールが口をポカーンとだらしなく開けている。
 隣にいるヘンズが模擬戦闘前とは違い興味深そうにユラを見ていた。口端を吊り上げ好戦的な笑みを浮かべている。
 未だに倒れて動けないルージュに、強く肘打ちを叩き込んだつもりはないけれど、ユラは屈んで膝を付いて俯せで倒れている彼女を仰向けにして怪我を見ようとした。傍らにいるユマリスが咎めるよう視線を送ってきているが、構わずルージュを仰向けにする。
「……グスッ……ヒック……」
「……え」
 ユラは意図せず頓狂な声を零してしまった。
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