綴る本
「ルディ師匠の力不足などではないです。寧ろ、事態に如何の対処をしようとしない他の総帥共が保身的になり、邪魔をしているのが許せないことです」
「サルディス老、王はどのように申してたのかしら?」
 口元に指を押し当て、やや不満そうにレイミィーが言った。実質的な目上に対してその言葉遣いや態度は不適切と言えるだろう。
 サルディスはそれを咎めたりせず穏やかな表情で、まるで親が娘に向けるような瞳をレイミィーに向けた。
「王は、賛成の意を表なされない。国を第一に御考えられる御方ぞ。気持ちや心情、あらゆる感情を押し殺しているのは銘々分かり切っていることじゃ。レイミィー嬢、貴女も分かってるはずじゃぞ」 レイミィーは苛立たしそうに横髪を耳に掛けた。
「分かってる、分かってるからこそ王のその態度が私を歯痒くさせるのよ」
「こればかりは自分もレイミィーと同じです。王が一言申して下されば直ぐ様、恙無いように準備を万全に整えますが……」
 意見の不一致が多いい仲の二人が、同じような気持ちになることは殆ど稀である。
 しかし、この話題に関しては二人の心情に全くの齟齬が生じない。
 どんな時でもこれはやはり優先させる位置にあり、また義務や使命のように感じているのだ。
 そうでありながら二人が突発的な衝動に踏み込まないのは、偏にサルディス軍団総帥がいるからである。
 二人は歳は違えど幼き頃に、サルディスから武術を習い、精神的な部分に於いてもみっちり鍛えられた。
 二人にとっては師匠であり、迷惑を掛けてはいけない人物である。
 ふと何かを思い出したようにバークがレイミィーに、憎々しげな瞳を向けた。
「レイミィー、そういえば貴様だな、今起こっている事の発端を招いたのは? 貴様が雇おうと提案したのではないか」
 聞き捨てならない発言にレイミィーが眉間に皺を寄せた。
「確かに私がそう提案したわよ。それは間違いないわ。でもバーク、あなたに許可を仰いで最終的に判断したのは、あなたよ」
「何を吐かす。殆んど貴様が独断で決めたようなものではないか!」
「責任転嫁は良くないと思わないのかしら!」
 思いつくばかりの罵倒をお互い騒がしいほどの音量で言い合う。王城内の通路とどこか町の場所とを脳内で間違えているのだろうか。
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