綴る本
 家に戻りたくない暗い気持ちを胸に抱きながら王城から出て、白い石膏で固められた道を軍施設の方に歩いていると横目に、鮮やかな桜色の髪を風に揺らしている見知った少女に声を掛けた。
「フミール、貴女、今日の兵士志願者何人来たか知らないかしら?」
 レイミィーは立ち止まり、フミールを待った。
 傍に来たフミールを認めたレイミィーは一緒に歩き始めた。
「私が知ってるのは十人よ、お姉ちゃん。帰ってきたのね、旅から。いいえ、家出から、ね」
 フミールが朗らかな笑みを見せ、からかう口調は幼さを滲ませていた。
「うふふ、ええ、今日の早朝にね」
「じゃあ、知ってるのね……? 今の状況」
「まあ、ね。私が前以て掛けていた魔法が発動したのを察知したから帰ってきたのよ。大丈夫よ、解除されていないから」
 レイミィーは安心させるような笑みを浮かべた。
「そうなんだ……」
「どうしたのかしら? 浮かない顔して」
「お姉ちゃん程でもないわよ。ただ、今日嫌な事が在っただけよ」
 フミールは口を尖らせて不機嫌そうに言葉を並べた。頬がヒクヒクと小刻みに痙攣している様は、大層なご立腹を窺い知ることができる。
 クスクスと、上品に口元を手で隠しながらレイミィーが微笑んだ。夕日のような瞳は優しい色を湛えて、妹へと注がれている。
「可愛い顔が台無しよ」
「いいでしょ、別に。お父様が見てないんだからどんな顔しようと。それにしてもお姉ちゃん、上品かつ気品な仕草できるんだね、知らなかったよ」
 揶揄するような物言いだが、険しさはなく珍妙を孕んだ声音であった。瞳からは悪戯っぽさを覗かせている。
「フミール、一体私の事をどう想ってるのかしら。貴女の瞳から見た私って、上品さや気品さを最初から持ち合わせていないように聞こえるんだけど」
「冗談って言いたいけど、お姉ちゃんのそういう仕草あんまり見たことないのよね」
 フミールは顎に人差し指をあてがい、目線を上に向ける。
「貴婦人、ご令嬢っていうのかな、お姉ちゃんそういう所作を全くしなくなったのはいつ頃だったのかな? 小さな頃はしてたの覚えてるのよね」
 背の関係上、フミールは少し見上げるように姉の瞳を覗き見た。意識して瞳を凝らし、相手の感情を見逃さないようにさり気なさを装う。
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