綴る本
 人の嘘を見破るのに最良の選択は、相手の瞳を見ることである。 微かな迷い、動揺、感情は瞳に直結しやすくあり、それらを隠すのは並大抵の訓練をしても隠し切れるものではないのだ。
 フミールが姉――レイミィーに向ける瞳としては余り好ましくないものであった。
 妹のその動きに気付いているのかいないのかはわからないが、レイミィーは自然体に瞳を閉じて答えた。
「忘れたわよ、いつ頃迄してたのかなんてね」
 上手にはぐらかされたようにフミールには感じられた。声からは平静さが出ており、感情を読み取ることは出来ない。
 これ以上聞こうとした所で無駄に終わるだろうと思い、フミールは姉の詮索を断念して目線を前に向けた。
 レイミィーの深く閉じられた瞳の奧が微かに揺れているのに、フミールは気付くことはなかった。 白を基調とした外観の軍施設前に辿り着き、フミールを追従する形レイミィーは入った。
 時刻は夕刻時に成りつつあり、もうすぐ光と闇が交わり混成する時間帯。
 この時間帯、五つある訓練所の中で兵士志願者達が使っていない場所では、各々の武器を得意とするグループに別れて、扱いに長けた者が指導し、まだ鍛練している。
 微かに届く励む声や熱気を感じながら、マフィン姉妹は戦争間近だと再認識した。
 二人は兵士志願者の試験を設けている訓練所に続く通路を歩いていると、前方から顔が弛んでいる澄み切った青空のような髪の女性がこちらに気付き、声をかけてきた。
「レイミィーさん、お帰りなさい」
 何処か締まりの無い声にレイミィーは訝しそうに目尻を下げた。「ユマリス、貴女頭でも打ったの?」
「打ってませんってば」
 ユマリスが苦笑を見せた。
「じゃあ何よ? 何か頬が弛む良い事でもあったの?」
「ええ、ありましたよ。ちょっと来て下さいよ、面白いものが見れますから」
 そう言って、来た道を戻りついて来いとでも言ってるかのように何度も振り返りこちらを見るユマリスに、より一層訝しそうに顔を濃くした。
 仕方なくついていく二人を尻目に、訓練所に続く通路から逸れて曲がり、ある場所で立ち止まってユマリスは振り返った。
「ここですよ」
「救護室? どういうこと?」
 扉の上には救護室と書かれた木のプレートがあり、ここに顔が弛むほどの何があるのか推測すらレイミィーは出来ない。
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