太陽に抱かれて
アトリエに着くころには、髪や肩がしっとりと濡れていた。シモンはコットンの肌触りのよいタオルを貸してくれた。
「昨日、オランジュリーに行ったんです」
先ほどよりも大きくなった雨粒が窓や屋根を打ち付ける音が、小さく響いている。
たくさんの画材で埋もれた小屋には、ももとシモンだけ。太陽の不在は、彼女たちをそこへ閉じ込めることに成功したようだ。
濡れた体をタオルで拭いながら言ったももに、シモンは画材が散らばったテーブルでタバコを巻きながら、視線も寄越さずに、それで? と相づちを打った。
「とても、綺麗でした。壁いっぱいに睡蓮の絵があって、本当に睡蓮の咲く庭を見渡しているみたいだった」
オランジュリー美術館には、『睡蓮の間』と呼ばれる、モネの巨大な連作を飾る部屋が二つある。楕円形で、天井には空がまみえる、『睡蓮』のための展示室。
ゆるやかにカーブする壁に沿って、それぞれ四枚の絵——計八枚の巨大な絵が飾られている。作品と鑑賞者のあいだには、一切の隔たりがない。
ジヴェルニーのモネの庭を見に行ったときには、季節が過ぎていたのだろう、睡蓮の花を見ることが叶わなかったが、時間により移り変わる睡蓮の絵はまさに人々を画家の愛した睡蓮の池へと誘う力があった。
「けど……」
ももは、その絵の前にしばらく立ち尽くしていた。睡蓮に囲まれて、じっとその部屋の中央に佇み、画家の目を、画家の想いを感じようと、巨大なカンヴァスに向き合っていた。
だが、その時彼女の心に浮かび上がったのは——アトリエの奥、立てられたイーゼルがももの視界に掠める。
「けど?」
言い淀んだまま黙り込んだももに、シモンは一瞥を寄越した。ももはすぐにかぶりを振った。
「いえ……ただ、 人が多かったので、少し残念だったなと思って」
ちがう、本当は、そんなことじゃない。
ももは胸の痞えをどうにか飲み下しながら、丁寧に濡れた毛先を拭う。
フランスに来てから、もうひと月半。顎で切り揃えられていた髪は、やや不揃いに伸びていた。