太陽に抱かれて
それきりなにも言わなくなったシモンに、彼女も口を結んだ。
カンヴァスと向き合うその横顔を見つめる。
額にさらりと落ちたグレーの髪、深い眼窩には影が落ちている。伏せられた銀色の睫毛は、彼の瞳の動きに合わせて微かに揺れる。
画家のまなざしは、冷えきったダビデ像のようでもあった。だが、それがひとたびカンヴァスの上を滑り出すと、とてつもない熱を帯びることをももは知っていた。
誰も触れたことのない、彼女自身も知らない心の奥深くをくすぐり、喉を疼かせる——。
目の前のカンヴァスを撫で、シモンはその指先に色が付かないことを確認すると、そばにあったパレットを手にとった。すぐに描きだすことはなく、紫煙をくゆらせながらじっとカンヴァスを観察し続けた。
カンヴァスに描かれていたのは、ヴェルノンの街並みだった。あの光の溢れる風景——ではなく、青く灰色がかった宵の街。
画面上部に広がる建物群の影。ひとつ、ふたつ、と鈍く瞬く街灯が立ち尽くしているのが見える。全体的に、ぼやけた印象だった。
画面下部、街の手前には空と同じ白みの強いブルーグレーのセーヌ川がたゆたっている。
やがてシモンは細身の筆を手にすると、パレットの上にある色をとった。今にもこぼれんと花開くクチナシのような淡い黄色。青い世界にただひとつ浮かぶ、灯の色だ。
それをとっぷりと宵に暮れるセーヌ川に載せていく。音も立てずに、輪郭を失った亡霊が水面に映る。
ああ、これは、ただの宵ではない。
雨に霞むヴェルノンの街だったのだ。
ももは思わず喘いだ。
震える指先で口を覆う。はげしくなる呼吸をなんとか整えようと浅く息継ぎを繰り返す。
シモンのまなざしは、すでに、ももの纏ったヴェールを手繰り、隠された柔肌を探り当てていた。
メランジュのニットの袖から伸びる手には太い血管が浮かび上がり、小刻みにカンヴァスの上を動いている。なんとも逞しい男の手。まるで、頬に落ちた雫を親指で掬ってくれるような、動きだった。
鼓動が速くなる。
呼吸が、いっそう浅く、はげしくなる。
「ムッシュー」ももは喘ぐ。
シモンは、ウィ、と短く返事をした。